わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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見える化としての工事物件管理台帳

1.昨日はパート労働4日目だったが、朝から3本の仕事を課されたが、うち練馬区の案件は、顧客の意向とわがY社長の怒りの、板挟みになり、30分以上時間を費やした。結局、わたしが日曜に対応することで、決着した。理屈は顧客の主張が最もだったが、受注金額相当に叩かれて、Y社長は顧客ファーストに対する意識が下がってしまい、怒り出していたのだ。Y社長は38歳、毎朝6:30に板橋区のダンプ駐車場に職人さんを集合させ、現場に向かう。地頭が良いし、懸命に働く青年で、わたしはリスペクトしている。それに、これからは、若い人たちとかかわっていくことが、健康長寿につながると見ている。

入って早々だが。年の功で、私が対応するしかない。仕事だし。

2.夕方、豊島区役所から事務所に戻ると、トルコ人の青年2人が、ハローワーク経由で、現場で働きたいということで、事務所のEさんが、ゆっくりとした日本語で、面接をしていた。内心は怖かったと後になって話してくれたが、堂々としていた。

人相は悪くはなかったが、2人は「難民ビザ」だと在留許可の種別を話していたが、シリア人ならともかく、それはないな、と感じつつ、後ろ向きになって聞いていた。ハローワークでビザのフィルターはかけないのかな、、いずれ、こうした外国人の面接は、社長が不在なら、わたしがした方がいいだろう。女性にさせてはリスキーだ。一応、イミグレーションも守備範囲だからだ。

もしかしたら、2人はクルド人なのかもしれない。川口に住んでいると言っていた。蕨と川口にクルド人は数百人くらしているらしい。川口のハローワークは、そういう実情を踏まえて対応しているのかもしれない。

「知恵袋」にこうあった。
日本で「トルコ人難民」を称する人々は、多くがクルド系のトルコ国籍人です。多くは1990年代に祖国での迫害を逃れてきた人とその子孫です。しかし、日本政府は、トルコ政府と友好関係にあり、トルコにおけるクルド人迫害を公式には認めず、トルコ国籍のクルド人に難民認定がなされることは、ほとんどありません。つまり「日本政府に難民認定されたクルド系トルコ人」という方は、ほとんどおりません。これは、あまり大きく報道はされませんが、国際問題になっています。


3.モヤモヤしたストレスの原因が、なんだかようやく、分かってきた。工事物件の全容の進捗が見えないから、こうした心理状態に苛まれるのだ。それを解消するためには、「工事物件管理台帳」をエクセルでつくることに、家にもどり、寝る間際に、決めた。

4.請負契約は、受注金額と原価管理が大事であることは知っていたし、サラリーマンの最後の部署であった保険代理店の部署では、新規の長期火災保険専用の管理台帳に立ち上げ、部内の人たちにどんどん書き込みさせ、担当者別の契約状況が分かるように、紙出しにして、張り付けるようにした。

さらに、かのリハウスのように「◯井の火災保険」のキャッチコピーを作って、、いろいろな言葉を編集し、住宅ローン35年にあわせた長期火災保険を売りまくったのだ。

5.私は管理職でなく、一担当者に過ぎなかった。しかも部長にそう指示されたわけでもなかった。
しかしマンネリ化したその部署に、徐々に風を起こして、ノルマ達成を鮮明にする営業会社はイヤだが、みんなに愉快なゲームをやっているような気分にさせてみたかったし、そうした職場の空気にひたってみたかったのだ。

その情況は、映画「ショーシャンクの空」で刑務所の人たちに、オペラ歌手が歌うアリアを放送で流してしまう、主人公に近い。

保険の部署全体にギアが入るまで、半年かかったが、やがてみなシャカリキになっていき、よく年には、関西支店より売上総利益は上回ってしまった。

おそらく、数人いた営業担当は「見える化」して競争することを楽しめたのではないかな、、それで各人のボーナス査定がよかったかどうかは、もう覚えていないし、、今や、どうでもいい。

6,その会社は50歳のときに、リストラで退社し、友人が立ち上げたインテリア会社のお手伝いをしたが、7年で倒産してしまった。もし、そこで物件管理台帳を工夫して、社員が使ってくれていたら、倒産は回避できていたかもしれない。その会社の社長が導入した管理台帳はあったが、なんか根底の意味が、私のとは違っていた。

7.繰り返す。このY会社で「見える化・工事物件管理台帳」を始めようと、決めた。Y社長を説得しよう。こういう気持ちになるのは久々のことだ?2年前の、硬直したら会計事務所では、この気持ちは生まれて来たりはしなかっただろう。

管理ナンバーの意味づけは、昨夜のうちに工夫しておいた。さてさて、おもしろく、やろう。


高杉晋作の辞世の句

おもしろきこともなき世をおもしろく

すみなすものは心なりけり

パート労働の風景

1.先週決まった営業事務の仕事は、23日の金曜日から始め、26日、28日と3日間、労働をしたことになる。

2.事務所は1階の25㎡程の、狭い事務所だが、空気感は悪くない。2015年9月に3週間勤めた会計事務所の空気感とは、だいぶ異なる。難点はトイレが和式であることと冷蔵庫がないことだ。

3.そこに、半年前に入った30だいの女性Eさんが、明るく、テキパキと仕事をしていた。Eさんのご主人は「マチ鳶(トビ)」と話してくれた。が、鳶職はわかるが、マチは町か街か、マチ以外の鳶は、きっと高層タワーなんかの鳶職は、なんて呼ばれているのだろう、と思った。

3.最初の仕事は、4月に取得した建設業許可の、取引先向けの案内文を作ることだった。Eさんは苦手なようで、手間取っていたのだ。ネット情報で、あれこれ収集し編集して作文した。そこに社長のチェックを入れてもらい、完成した。造作ないことだったが、Eさんは、だいぶ四苦八苦されていたようで、お役に立てて、よかった。

4.それにしても、2016年に、建設業許可の種類に解体工事業が追加されたことを、知らなかった。いやいや、その士業の一員として、恥ずかしい。リサイクル法やアスベスト除去で、区役所に届出が必要なことも、これまた、新鮮だった。

5.昨日は、Eさんが、建設業職人向けの求人フリーペーパーを持って来てくれ、初めて手にして、新鮮だった。わたしは建設業の仕事を、紙のうえでしか、理解していないのだな、、と分かった。

今、ガテン系に対する敬意を感じている。リアルであることは大事だ。自分の中の、仕事の意識が変容して来ている。。

6.昨日の昼すぎ、練馬区役所に届出に行った。リサイクル法に基づく届出とアスベスト処理の届出で、それぞれ別の階に受け付けがあり、担当者と話していて、感じることが多々あった。アスベスト処理の方は、「遅延理由書」を添付して、その日のうちに提出しなければならず、、焦ったが、17:13に持ち込みができた。

7.区役所のロビーのところで、大学の同期のツルタ氏に遭遇した。都議選の期日前投票に来たようだ。連絡先を確認しあった。秋に、大学卒業して、40年になるので、大学で集まりがあるらしい。創立者はもうじき90歳になられるわけだし、いい機会の集まりになる。それと、同期の旗頭のM氏のことを尋ねたが、やはり、わからないと言われた。

パート労働のこと

1.おととい火曜日17時に、池袋ハローワークに行った。火曜日は19時まで開かれている。東池袋駅からサンシャイン3階に向かいながら、今日は、空振りはないだろうという予感があった。そういう空気感があった。方針は正社員ではなく、パート労働ワクでチェックするのがネライだった。

2.先々週は、はずみで飯田橋ハローワークに行き、正社員ワクでチェックしてみて、、一社を紹介してもらったが、、書類選考で落ちた。

その通知を受け取ったとき、あぁ、わたしを「使いづらい奴」とみたな、、言霊のような、そういう言葉が頭の中を去来した。と同時に思った、「その判断は正しい」と。

仮に、面接に至っても、さんざん悩まされきた「組織論」が頭をもたげ、ミスマッチと感じるだけだったろう。組織の大きさなんて、全く関係ない。森敦の話を思い出した。

ちなみに、池袋ハローワークの担当者に聞いてみた。そこは6名応募があったが、40代の男女のどちらではないか、と話してくれた。

3.さて池袋ハローワークの続き、、
52番の専用モニターの前で、約40分チェックした。自宅から近い地域で、受付から3日以内の最新の求人票しか見なかった。報酬単価より、年齢不問、定年制なし、資格を必要としないもの、そして何より、自分の本業と関連性のある求職票だけ、意識し、絞りこんだ。本業からみて繋がりのないものは、報酬単価が良くても、意味がない、、と決めていた。

なので、飲食系やマンション管理系や介護系は、無視した。ただ、東京都の最低賃金932円を上回る単価1000円のものが、実に多い。マルクス主義は不毛の議論だが、彼の人間疎外論は生きているな、、

4.そうして建設業のX社だけ、浮かび上がった。仕事内容は次の5つだ。
①官公署への提出
②工事近隣挨拶
③電子マニュフェスト、紙マニュフェストの管理
④委託契約書作成業務
⑤顧客管理

うーん、この求人票は産業廃棄物系の話だ、、
けれど、普通の目線では意味不明じゃないか?

ということは、、これって、おれだけに向けた案内だな(笑)、と妙にうなづいてしまった。何というタイミングの良さか、あの予感は正しかったのだ。

5.さっそく、紹介状を出してもらうために、相談窓口にいき、X社の求人票をサイトウという担当者に渡すと、求人票をいろいろ分析してくれた。その単価は通常より割高で、求人票が女性を想定しているよりは男向けではないかとか、さまざまに、読み込んでくれた。去年12月に、ハローワークの紹介で女性が入っているから、やはり男の営業を求めている、と。卓見だった、ズバリ的中していたのだ。

18:30を過ぎていた。通常、ハローワーク担当者が先方に問い合わせをして、62歳でもいいか確認してくれるのだが、X社はもう営業を終了していた。そこで、明日の朝、わたしが直接、問い合わせてくれというご返事。わたしは了解した。

そして、昨日の朝9:05に電話した。社長の声は小さく、ききとりにくかったが、もしかして自閉症ぎみの2代目か、という印象だった。しかし「今日、18時に来てくれ」と、毅然と言われた。

わたしが62歳であることは言わなかった。見た目で行こうじゃないか、会ったときに告知すればいい、そこで午後から履歴書の作成にかかった。履歴書の用紙はハローワークからもらえ、コンビニに買いに行かずに済むことは、飯田橋マターのときに知ったので、池袋ハローワークでも貰うことに。日本のハローワークって、至れり尽くせりだな、と正直、思った次第。

6.履歴書は、賭けに出た。普通は禁じ手だが、本業を書き込むことにした。ただし、今は休業と書き、にげ道をつくったが、全くウソとも言えない。

18:05 面接をした。その小さな事務所に入って、社長を見たとき、電話の印象より、明らかに、良かった。40歳くらい、叩き上げの好青年だった。要望は一つ、「営業をして欲しいと、、」
面白いなこの面談は、、ひとまず、うなづいて、了解した。

話はまとまり、ひとまず、採用となり、23日金曜日、10:00に出社した。なかなか新鮮な一日であった。

ある相続人の若者のこと

1.以前、相続手続きをした依頼人が、息子のことで、かなり落ち込んでおられた。父親と長男との、かなり凄惨な確執で、、父親は生きる意欲が揺らいでいた。

2.依頼人の父親も、その息子も、相続人であり、ほぼ法定相続分と同じ形で、遺産分割協議書を作成した。資産は金融資産のみで、かなりのピッチでその手続きをした。タンス預金を入れると、相続税は発生するかどうかの境界線にあったので、残高確認に、ハラハラしたのを覚えている。改正された今の相続税制だと、相続税は発生していただろうが、、

3.しかし、その後がいけない。長男がきちんと働き続けることができなくなり、タイだったか、に行き、不労の日本人の若者たちの影響を受け、タトゥーを入れ始め、マリファナもたしなむようになった、、らしい。日本に戻ると、父親に早く財産を寄こせと言い寄ったり、あげくに自宅でマリファナ栽培でもやり始めるのでは、、と父親は不安がっていた。そのときは警察に通報するとも。非行逸脱のスパイラルがとまらない、、そんな気がした。

4.「なまじ、思ってもいない相続の金が落ちてきたばっかりに、こんなことになってしまった」と、嘆く父親の話を1時間近く聞いたわけで、さてどうしたものか、、長男と話してみたいとも思ったが、、父親からの依頼かと勘ぐられるのも、よろしくないしな、、ラインに名はあったが、いつの間にか、写真ははずされていた。

5.若者たちがタトゥーをしたくなる心境は、皆目わからない。神的な何かに守らて強くなりたいという願望からかな?と想像するするが、、

そういえば「ドラコンタトゥーの女」のリスベットも父親に勝つためにタトゥーをしたのかもしれない。

もし、タトゥーや刺青されている方で、動機を教えてくださるなら、、ありがたい、です。

追記、
1980年9月、42歳のトラック運転手が銀座で1億円を拾った。運転手は大貫久男さんというお名前だった。半年たっても、持ち主はあらわれず、1億円は大貫さんのものになった。世間の嫉妬にさいなまれた。その翌年の確定申告で約3千万の所得税を払い、残った金の一部で、マンションを購入された、らしい。

そして、残余の金には手をつけず、引き続きトラック運転手を続け、その稼いだ金だけで、生計を立てていかれた。「遊んでいて、いいことは一つもありませんよ」と大貫さんは言った。

TVでインタビューに応える大貫さんの実直そうな表情を何げに覚えている。2000年に大貫さんは62歳で亡くなられた。今、わたしは、その62歳を生きている。大貫さんとはま逆、少なからぬ負債を抱えながら。。

わがワークシフトとライフシフトのこと

以下はコピペのメモである

「ワークシフト」の著者リンダ・グラットンの分析、論理的提言

個人個人が未来の世界でニーズが高まりそうなジャンルと職種を選び、高度な専門知識と技術を身につけることが不可欠。

ただし、高度な専門技能を習得するには1万時間という膨大な時間を要するという説もあり、仕事で時間に追われている限り、なかなか身につくものではない。

独立してミニ起業家になるといった選択

大量消費社会に終止符が打たれるかもしれないのだ.

仕事の世界には3種類の『資本』が必要とされる。明るい未来を切り開くためには、これを『シフト』させなければいけないというのが本書の提言だ。

まず第一に「知的資本」のシフト。
昔は幅広い分野の知識と技能をもつゼネラリスト的な人材が評価されたが、グローバル化が進展した未来では、同程度の能力をもつ人が世界中に大勢いるため、専門分野の技能を深め、自分を差別化しなければいけない。これが「第一のシフト」である。

第二が「人間関係資本」のシフト。
職場の人間関係がなくなり、孤独が深まっていく未来の世界では、生活に喜びを与えてくれる深い人間関係や、多様な情報や発想に触れる広く浅い人間関係など人的ネットワークを意識的に築いていかなければいけない。こうした人とのつながりによってイノベーションを成し遂げる姿勢。これが「第二のシフト」となる。

第三は「情緒的資本」のシフト。
古い仕事観では「仕事」とは単にお金を稼ぐことを意味していたが、前述のアメリカ人夫婦(バングラディシュでボランティア)のように、どのような職業人生を送りたいかを真剣に考え、情熱を持って何かを生み出す生活に転換すること。これが「第三のシフト」だ。


2.さらに、リンダ・グラットンは「ライフシフト」を書いた。以下もコピペ

今回のテーマは「100年時代の人生戦略」である。
これからを生きる私たちは、長寿化の進行により、100年以上生きる時代、すなわち100年ライフを過ごすこととなる。新しい人生の節目と転機が出現し、「教育→仕事→引退」という人生から、「マルチステージ」の人生へと様変わりする。それに伴い、引退後の資金問題にとどまらず、スキル、健康、人間関係といった「見えない資産」をどう育んでいくかという問題に直面するというのが著者の見方だ。ロールモデルもほとんど存在しない中で、新しい生き方の実験が活発になることは間違いない。また、生涯を通じて「変身」を続ける覚悟が問われると言ってもよい。

今後どんな時代が訪れ、どんな生き方を模索すればいいのか。その際、どのような有形、無形の資産が重要性を増すのか、どんな人間関係を築いていけばいいのか。企業や政府が取り組むべき課題は何か。本書は、こういったテーマと向き合うための手がかりを、豊富な「人生のケーススタディー」とともに与えてくれる。読み進めるにつれ、「自分は何を大切に生きているのか」「何を人生の土台にしたいのか」と自問せずにはいられないだろう。
これまでの成長至上主義から脱却し、自分らしい人生の道筋を描くための羅針盤として、何度もお読みいただきたい。 (松尾 美里)


3.さて、62歳の私はどうとらえるか。現在、下流老人のカテゴリーに入るのだろうが、病気を克服し、働く意志は十分ある。子どもは小さいのが二人。家内は連日、怒りっぱなしだ。病気は過去のこと、考慮など微塵もない。さてさて、、

この先、死ぬまで、健康を保ち、ずっと変容し、生成し続けること、、西荻窪の安藤久蔵さんが、目指すモデルだ。安藤さん106歳になられたはず、、どうしておられるだろうか、、

4.1980年から約3年間働いた、新橋にあった中小企業は、2013年5月に倒産していた。原因はおおよそ見当がつく。そこに居続けていたら、還暦間近までいることになり、いっそう悲惨だった、、ことだろう。その頃の人の顔が浮かぶ、みなさん健在だろうか、、

一生同じ会社にいるなんて、いよいよ、昭和の共同幻想になるだろう。

公正証書のこと

1.先月の忘年会で、仕事の依頼があった。依頼人は通称、陽ちゃん。今週あらためて依頼内容を確認した。当初は、公正証書遺言の案内だけだったが、話を聞いて「委任契約、任意後見契約及び死後の事務委任」も作った方がいいと提案して、了解いただいた。

2.陽ちゃんの奥さんの母親が、委任者であり、ゆくゆくは被相続人になる。母親には相続させたくない代襲相続人がいたのだ。相当なトラブルがあった様子。そこで、自筆遺言方式よりは、費用はかかるが、それでも確定判決に近い効力がある公正証書遺言にしたほうがいい、、そう薦めると、陽ちゃんがすぐに、それでいこうと判断した次第。

3.それにしても、なんて脳血管系の病気が続く家族なのだろう。3人いた。実は、陽ちゃんの奥さんも、さまざまな心労が重なり、20015年12月に脳溢血で倒れ、意識不明で入院されている。忘年会でその話を聞いたとき、何度か会ったことがあったので、ショックだった。二つの公正証書は、陽ちゃんが健康であることが大前提になる。

3-1.次女の保育園送りのときに、よくみかけるお母さんに、誰かに似ているなと思うことがあった。今日、陽ちゃんが奥さんの写真を見せてくれた。右目は開いていて、すぐ気づいた、、保育園で見かけるお母さんは、陽ちゃんの奥さんに似ていて、、悲しい気持ちになった。

4.今月下旬に公証役場でなく、母親の自宅で調印することになる。事前に、公証人と20分ほど、打合せ確認した。初対面だが、公証人は元検事、印象はよかった。対話によって、様々な感触が得ることができる

5.今朝、契約文書の原案を作り上げ、昼、パソコン画面を見せながら、趣旨を説明した。紙に出して渡さなかった。プリンターの不具合で、印刷できなのだが、紙にしても、読み返すことはないだろうし、無駄紙になるだけだ。公正証書が手元に残ればいいだけなのだから、、

6.説明が終わり、陽ちゃんから「迅速に動いてくれ、、いろいろとありがとう」と言ってくれた。うれしかった。こうした感謝の言葉は、生きる力になる、、

みなし法人の承継?

1.私より一回り上、午年の経営者tmさんが末期がんで1月2日になくなった。(.あっ、わたしとイニシャルが同んなじだ)

2.tmさんは、一つの会社とは別に、みなし法人を一つ持っておられた。そのみなし法人を相続人にいかに承継させるか、ということで相談を受けている。みなし法人は税法上の特別扱いで、もうとっくに廃止されている程度しか知らなかった。相談を聞くと、顧問税理士の要望で、定款というか会則というか、その条項を用意して欲しい、と言われた。ただそれらしい会則がみあたらない、ついては遡って作って欲しい、という相続人からの依頼だった。

3.事業承継もさまざまあるだろうが、そうきたか?が、事業内容が、利益の源泉がいま一つわからず、ヒアリングが続いた。

4.米国のある団体とのライセンス契約に、どうやら旨味があるようだ。反社会的なものではない。わたしの趣向ではない世界なので、事業の全容はわからない。けれど、ひとまず、たたき台をつくり、もんでもらうことにした。2週間前の話だ。すぐ修正事項がその税理士から、上がってきた。ようやくイメージがまとまった。

5.昨日、会則案の見直しを済ませた。あとはふたたび修正を税理士から求められるかどうかだ。


どうやら私は経理屋ではなく、こうした法的な文案家が向いているのかもしれない。



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自分が使う言葉を鍛える

1.先月の「100分で名著」は内村鑑三「 代表的日本人」を若松英輔さんという批評家が案内された。その言葉の表しかたに引き寄せられた。若松さんの目線は遠くみるような、ご自分の内部を見ているような、不思議な人だ。醸し出す全体が何か人を引き寄せるものがある。



2.来月、ジュンク堂池袋店で話が聴けるとわかり、申し込むことに。お代は千円。言葉と目を観察してみたい。

3.このところあらためて、自分のことばを意識したいと思うようになった。感情にはしらないように抑制しつつ、正確に、明瞭にして行きたいという欲求だ。

4.オバマ大統領を評した丸山代議士の舌禍事件は、世界に配信されたという。橋下知事の慰安婦発言にしてもそうだが。、この国のひとは「ぶっちゃけトーク」をよしとし、タテマエをさげすむ。わたしも、そうした一人だ、、だけど違うのではないか、と思いつつある。タテマエに矜恃をもつ、ダウントンアビーの英国人はタテマエに優先的な価値を与えていたのではないか。品位に対するリスペクトだ。

5.まずは「実は、」とか、年甲斐もなく「ぶっちゃけ、」などと言ったりしてしまっていたが、やめにしよう。ただ慇懃無礼な人間にもなりたくはないが、、言葉を鍛えなおしたい。



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「持続する志」はいつまでも
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