わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
TOP生死と人生の記憶 ≫ 「レナードの朝」の原作者の言葉

「レナードの朝」の原作者の言葉

2015年3月6日の朝日新聞に
神経学者 オリバー・サックスさんによる

「がん転移がわかって
残り時間 濃密に生きる」と題する
エッセイが転載されていた。

感動したので、そのまま載せておきたい。

1ヵ月前、私は自分が健康で、至って丈夫だとさえ思っていた。81歳のいまでも、毎日1マイル(約1.6㌔)を泳いでいる。だが、運は尽きた。数週間前、肝臓にがんの転移がいくつもあることが分かったのだ。
 9年前、眼内黒色腫というまれな目の腫瘍が見つかっていた。腫瘍を切除するための放射線とレーザー治療を受け、結局、そちらの目は見えなくなった。私の場合、転移する可能性は低いと言われていたが、運がなかったというわけだ。

 がんの最初の診断から9年という、健康と実りある時間を与えられたことには感謝している。だが、いまは死と正面から向き合っている。がんは私の肝臓の3分の1に広がっていて、その進行を遅らせることはできても、食い止めることはできない。

 残された月日をどう生きるかは、いまや私次第である。力の及ぶ限り豊かに、深く、生産的に生きなけぱならない。この点で私を勇気付けてくれるのが、大好きな哲学者の一人であるデービッド・ヒュームの言葉だ。彼は65歳で、死を避けられぬ病と知るや、たった1日で短い自伝「私の生涯」を書き上げた。1776年4月のことである。

「あっという間に消えてなくなるのだろうと、いまは考えている」とヒュームは書いた。「私は病の痛みにほとんど苦しまなかった。さらに不思議なことに、私の体は著しく衰えたにもかかわらず、生きる気力がそがれることは一瞬たりともなかった。研究にはこれまでと変わらぬ情熱を抱き、仲間といるときも同じように陽気でいられる」と。
 
私は幸運にも、80歳を過ぎるまで生きてこられた。そして、ヒュームの享年65を過ぎて以降の15年間も、同じように仕事と愛情に恵まれた。この間、私は5冊の本を出し、自伝も書き上げた。ヒュームの自伝よりかなり長いもので、今春出版の予定である。ほかにも完成間近の本が数冊ある。

ヒュームはこうも書いていた。
「私は……気質が穏やかで感情を抑えることができ、開放的で、社交的で、陽気で愛情深いけれど、悪意を覚えることはほとんどなく、あらゆる感情が非常に中庸である」

この点で、私はヒュームとは異なる。愛情に満ちた人間関係や友情を謳歌したし、悪意を持つことはないけれど、気質が穏やかだとはとても言えない。私を知る人で、そう言う人は誰もいないだろう。それどころか気質は激しく、過激なまでの熱意を持ち、あらゆる感情がこの上なく過剰である。

それでもヒュームの次の言葉は、私にはことのほか真実に思える。
「いまほど自分の人生から距離を置いたことはないだろう」
 ここ数日、私は自らの人生をものすごく高い所から、まるで景色でも眺めるように見つめてきた。そして人生のすべての要素のつながりが深まるのを感じた。

これは私が人生を終えたということを意味するわけではない。
その逆で、私は濃密に生きていることを感じる。そして、残された時間の中で友情を深め、愛する者たちに別れを告げ、執筆を進め、体力が許せば旅をし、理解や洞察の新たな次元に到達したいと願っている。
 
それには、大胆さや明敏さ、気持ちを率直に言葉にすることが必要になる。この世への借りを返そうというのだから。でも、何か楽しいことをする時間もあるだろう。何か馬鹿げたことも含めて。
 焦点がピタリと合い、視界がクリアになった気がする。無駄なことをする時間はない。心を向けるべきは自分自身であり、仕事であり、友人たちである。もはや毎晩、ニュース番組を見ることはないだろうし、政治や地球温暖叱の議論に目を向けることもないだろう。

関心がないというのではない。距離を置くということなのだ。いまでも中東情勢や地球温暖化、格差拡大は大いに気にかけているが、もはや私の課題ではない,未来属する事柄である。才能ある若い人だちとの出会いが私にはうれしい,たとえ、それが私にがんの転移を診断した人であってもだ.未来は確かな人たちの手に委ねられているように思う,
 
この10年ほど、私は同世代の死をますます意識するよう;こなった,我が世代は風前のともしぴであり、その一つ一つの死に、ある種の乖離、我が身の一部が引き離されるような思いを抱く。私たちが亡くなれば、私たちのような人はいなくなるが、そもそも、ほかの誰かと同じような人などいない。人が死ねとき、その代わりになれる人などどこにもいない。入か残した穴を誰かが埋めることはできないのである。なぜなら人は誰もが、かけがえのない個人あり、自らの道を見つけ、自らの人生を生き、自らの最期を遂げる定めにあるのだから,それが遺伝子や神経というものの運命なのだ。

恐れていないふりなど、私にはできない,ただ、私の心を大きく占めるのはある種の感謝の気持ちである。私は愛し、愛されてきた.多くを与えられ、お返しになにがしかを与えてきた,本を読み、旅をし、考え、書いてきた,世界とのかかわりを築いてきた。それは著者と読者との、かけがえのない交流だった。
 
何より私は、この美しい惑星で感覚を持つ存在であり、考える動物であった。そしてそのこと自体が、とてつもなく大きな恩恵であり、冒険だったのである。(ニューヨークタイムズ、2月19日付)


以上だ。

オリバー・サックスさんは、映画「レナードの朝」の原作者だ。

しばし中断する。



にほんブログ村 病気ブログ C型肝炎へ
にほんブログ村

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

訪問者数
2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
ブログ内検索
全ての記事を表示する
さらばポップアップ広告
javascript:(function()%7Bvar%20d=document;var%20e=d.createElement('SCRIPT');e.setAttribute('language','JavaScript');e.setAttribute('src','http://s6.ql.bz/~mamiya-shou/bm/invalidFloatAd.min.js');e.setAttribute('charset',%20'UTF-8');d.body.appendChild(e);%7D)();