わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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がん再発の立花隆氏の表情

9月14日、NHKスペシャルで
「臨死体験 立花隆 思索ドキュメント
死ぬとき心はどうなるのか」を放送した。

立花さんは、7年前に前立腺がんで
手術したが、今年再発した。転移がんだろう。
70を過ぎると、見方がガラリと変わると
言われていたが、臨死体験を身じかなこと
としてとらえておられた。

映像は、内面を赤裸々にさせてしまう。
立花さんは気になる存在であり、
わたしの中では、司馬遼太郎と重なって
見える。二人とも、博覧強記の国民作家だしな、

立花さんは、23年前、1991年に
臨死体験を調べつくし、
画期的な本「臨死体験」を出された。

わたしは、その頃、
肝炎で順天堂病院に通院していて、
途中、書店でパラッと見た記憶がある。
だが、そのとき買ったのは、それでなく、
宮沢りえの写真集「サンタフェ」だった。

そういえば、先日、宮沢りえさんの
母親が肝臓の腫瘍で亡くなられた由。
65歳、必死で子を守もろうとして、、
強烈な個性の母親だった印象が残っている。

さて、立花さんに戻る。
彼は、単に身のこなしが
老いただけではない。

ずっと、テレビに映る
立花さんの表情を
じっと見ていたが、
その目に衰えとともに
彼の、諦念のような悲観が
露わになっていた、、

人が晩年を明るく生きること、、
それが、いかに至難なことか、、

立花さんは、「そう遠くない日」と
強調されていた、、きっと
死を身近に感じられているのだろう。

そこで、

「人の心は脳にあり、死後の世界はない」
と信じる立花さんは
「人が死ぬときに心はどうなるのか」
について、世界各地を訪れて調査した。
 
番組の結論は、なんのことはない

こころは、死とともに消える、だ。

具体的には、
最新の脳科学を中心に、
「臨死体験は脳の一部が見せている」、
「死に瀕すると、
脳が幸福を感じさせる物質を出すので、
臨死体験では多幸感がある」
などのエビデンスを紹介する。

「臨死体験は、誘導尋問に答えるうち、
実際にはなかったにも関わらず、
実際に体験したかのような記憶が
作られる
『フォールスメモリー(偽りの記憶)』
で説明できる」

「『意識』は脳の活動であり、
眠ると消えることが分かったから、
死後に心は存在しない」など、
脳の話に終始した。 
 
立花さんは番組の最後に、結論として、
「いい夢を見ようという気持ちで
人間は死んでいくことができる
のではないか、
そういう気持ちになった」と言う。

死後の世界は実在しないが、
それも悪いものではない、と伝わった。

 番組の終わりの方で、23年前に
「死後の世界が存在する証拠はない」と
語っていたレイモンド・ムーディ博士
との対話がある。

ムーディ博士はその後、
臨死体験を経験し、
死後の世界を信じるようになっていた。

「当時は死後の世界を認めず、
他の説明でこじつけようとしました。
しかし、それは死後の世界があると
明確に言い切れなかったので、
認めることから逃げていたのだ
と思います」とムーディ博士は指摘する。
 
そもそも、「心は脳にある」とみるか
脳を超えた何かと見るか、
立花さんの思考の揺れは続いていく
ように見えた。

収録内容も、両説をできるだけ
客観的に、紹介するものだが

両説とも、仮説に過ぎない。

単なる仮説を前提とした
調査を繰り返しても
「臨死体験は脳の作用である」
という結論に傾いていくところに
NHKのスタンスが見えてくる。

わたしは思った。
アメリカの取材ではなく、国内の
「奇跡のリンゴ」青森の木村秋則さん
と対話するような企画になっていたら、、

もっと興味深いものになっていただろう。
真摯に、木村さんの体験を聞き、
その証明ができる第三者までつきとめて
みる、とかしたら、面白いものになったのに。

立花さんの口から、
エピクロスの名が出てきたとき、
最初から予定調和のような結論で、、

NHKの無難で、度量のなさを感じた。

というのも、
取り上げた真摯な臨死体験の事例が、
科学者でない一般人の体験は、
アメリカ人の、しかも
臨死体験を経験した赤ん坊が、
2歳ごろにその記憶を自ら語り出した
という事例を紹介するだけだったからだ。

そこに仮に、臨死体験もUFOも
さらには、竜までも、
体験したと主張し、
本にして憚らない
木村秋則さんのような、

どうにも、ウソとは思えない
確信的な体験をしている日本人からも、
インタビューしてくれていたら?と思う。

プロフェッショナルで木村さんを取り上げた
NHKなら、簡単にできる企画だったはずだ。

NHKの、番組の意図は
「親が質問するうちに偽の記憶を
作りだした」とする、科学主義が
通奏低音になっている。

それが本当に正しいことか?

NHKは公平を欠いていると
みなせばいいことだが。

肝心なのは、立花隆さんが、
その結論のような死を迎えるのか、

はたまた、内的な変容がおとずれ、
死のまぎわ、トンデモ作家になれるか、
そこに、わたしの関心がある。

わたしの場合、
トンデモという形容詞は
軽べつや揶揄の意味で医療従事者に
使うことはあるけれど、
トンデモ患者の言動に対しては、
むしろ逆で、事実を傾聴し、さらに
共感する気持ちが強い。

ちなみに、
わたしは仏教徒だが、
臨死体験はあると思っているが、

死後の世界が実在するとは
思ってはいないし、

かといって、死とともに
こころは消えたりは、しない、、

素朴に、自己が生まれる前の「空」に
永劫回帰するだけ、、とみている。

天台宗の開祖、智顗が
摩訶止観に書いている
空仮中の三諦があるだけでは、

と思っている。それって、何?



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