わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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60歳を前に逝った臨床心理士

昨日は午前中、
目白の学習院大学で、
小学3年の長女が受ける
朝日新聞社の「第4回未来を
つくる学びテスト」に同行した。

電動アシスト自転車て行きすがら、
問題はできなくてもいいよ、
問題の、何がわからないかをつかんで
くれればいいからね、と諭した。

テストは9時半から12時までつづいた。
その間、保護者たちは大教室に
集められ、朝日小学生新聞の編集長の
話を聞くことになり、、

要は、脱ゆとり教育のこれからは
「朝日新聞をよく読む子どもを
育てましょう」といことかと見切り、
そこから離れ、生協まえのテラスで
「人体」の続きを読むことにした。

わたしと同じような、子どもの引率て
来ている父親が、隣りで、塩野七生の
「マキャベリ語録」を読んでいた。

そういえば、この大学で、
かつて辻邦生が教えていたんだな、

たしか、わがサギコーのときの、
フカミはここを出て教師になったんだっけな、
とか、頭をよぎった。

テストの問題は日ごろから
新聞を読み慣れていなければ、
とても答えることができないシロモノだった。

朝日新聞の小賢しさを感じるばかり、、だった。

その帰りは長女が生まれた聖母病院に
長女を案内してあげ、
江古田のヤマンで、塩ラハを食べると、
どっと疲れが出てきて、自宅でたちまち、
午睡となった。

夕方、一人、録画しておいた
55歳のハローライフの最終回をみた。

「空を飛ぶ夢をもう一度」は
まったく、他人事でなく、、
小説以上に、秀逸な作品だった。


さて、ここから本題に、、

今朝、ふと高校の同期サイトを見た。

2014年1月2日に、小濱元信さんが
亡くなったことを知らせてくれていた。
町田で行われた葬儀に、サギコーの同期が
10人ほど、参列したようだ。

最初、コナワの顔が浮かんだが、
いや違う、、臨床心理士のコハマだ、と
気づいた。なんで、死んだのか、

病死か、何の病いか、わからない。

12年前、48歳の年の11月23日の夕刻、
同期だけで250人以上が、
東陽町のホテルに集まった。

夜更けまで、愉快で、にぎやかな宴は続いた。

高校を出て30年の歳月が流れたが
みな、明るく、若いなと思わせる、、
一期一会だった。無論、コハマもいた。


二次会の終わり、コハマに、
臨床心理士の仕事ってどう?と訊いた。

やや自嘲ぎみに、コハマは
「医者じゃないからね、
まぁ、すき間産業、、みたいなもんさ」
と話してくれた記憶がある。

わたしは、自分の実の妹の名前をあげ、

コハマの、同業の人だけど
知っているかい?とたずねたら、
「狭い業界だからね、
名前は知っているよ」と応えてくれた。

コハマも、サギコーのその時期同士でしか味わえない
フラットな、身の丈にあった言葉をつかっていて、、

造語だが「サギコー遺伝子」を共有しているな
と、そのとき感じたものだ。

還暦直前に亡くなるとは、、コハマよ、
まだ早いぞ、、悲しい、、合掌



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