わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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芝浦工大付属高 木村和夫先生の娘さんへ

明け方、勝ち目のない戦いを強いられれる夢をみて、
逃れる思いで、目を覚ました。
寝ぼけまなこで、このブログを操作していると、
知らないブログ機能に遭遇?した。

通常のコメント以外に、
「拍手」をするとコメントができる、
そして何通かコメントをくださっていた、
そのことを今朝、知った。ブログはドラマだな、、

その中のお一人で、

(語り口を、ですますに変える)

木村和夫先生の娘さんへ、

だいぶ時間がたっていて、
申しわけないことをしました。
あなたに、なんとか連絡をとりたく、

情報のリテラシーを踏まえた上で、
あえて、あなたのコメントを以下に
載せることにします。

2012年6月の「街の電気屋さんとの語らい」で 
書いていただいた芝浦工大付属高校 
木村和夫の娘です。

正確に名前等を書いていただいたおかげで
父の事だとわかりました。
父が独身の頃本郷に住んでいた時の
話だと思うのですが、
私たちの知らない父の若かった時の
様子を垣間見られて、うれしかったです。

柊光サービスのご主人とも
是非連絡を取ってみたい。


残念ながら父は去年 他界してしまいましたが、
自分を懐かしんでくれている方がいると聞いたら、
さぞ喜んだことでしょう。
気まぐれで父の名前を検索したらヒットしたのですが、
こんな偶然もあるんですね。
ブログに書いていただき ありがとうございました。


以上です。そこで、全くおくればせながら、
今夕、コーギーの散歩をして、
柊光サービスのご主人、谷島眞さんにお話した。

谷島さんはたいそう驚かれ、
木村和夫先生が鬼籍に入られていたことを
悲しまれた。娘さんにお会いしたいとも言われた。

そうであるならば、
今ひとたび、つながるようにやってみますと
約束しました。
なぜなら、そうしないと谷島さんは、
「自分は電気屋だが、
メールもインターネットもやらない」と
かねてから言っているので、
これで終わってしまうからです。

ただ娘さんのアドレスはわからないので
このようにブログで取り上げた次第です。

谷島さんの話では、
木村和夫先生は昭和の一桁生まれで、
身長175センチくらいあり、当時としては長身。
色白で、和製のグレゴリー・ペックのような人、
グレゴリー・ペックを優しくした感じの人だった
と言っておられました。

そこで、木村和夫先生の娘さんへ

よろしければ、
このブログの下のコメント欄に
ご連絡くださるか、

あるいは谷島さんの了解のもと
このやりとりのために作った以下のgmailのアドレス宛に
よろしければ、メールをいただければありがたく、、
お願いいたします。

toko.tanishima@gmail.com

ということで、
さて再びこのブログを見ていただけるだろか?



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