わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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肝生検の感想

午前7時から、
水は飲んではいけないので、
6時すぎ、歯磨きのあと、
ゆっくりペットボトルの水を飲んだ。

淡々として怖くはなく、
個室で検査をまつ。

点滴が始まった。ラクトリンゲル液だった。
カロリーはなく、水分補給するだけだ。

9時半、肝生検が始まった。
点滴のポート?に、鎮静剤が入った。
すると、天井が動くように見え出した。

担当医師が準備を始めた。

右脇腹の上の方、肋骨を確認し、
エコーで刺す箇所決め、
印をつけているようだった。

そこに局部麻酔をうった。

続いてすぐに、針刺しが、、

肝臓に刺す針は20センチくらいの管で
息を吸って10秒くらい、
グググっと押し付けられる痛みがあった。

22年前、順天堂病院で肝生検をしたときは、
若い医師が二人がかりで、針刺しをした。
エコーは使わず、触診だけで、刺す場所を
決めていたのだ。
もし、私の肝臓内に一つある血管腫をさしていたら、緊急事態になっていたかもしれない。

それともう一つ、
刺されたとき、一種、快感があったことを
思い出した。そのころ、全身倦怠感とともに、
みぞおちの奥が、かゆみにも似た、鈍い痛みがあったのだ。

よく、肝臓は沈黙の臓器などと言われているが、
それは違う、沈黙なんか、していない。
肝臓を患ったことない人たちの言葉にすぎない。
病んだ肝臓は、必ず痛みを発出する。
22年前の肝生検のとき、針が
かゆい痛みのある部位を突き刺す感覚になった。
「あっ、そこだ」と叫んだのを覚えている。
かゆいところに手がとどいた感覚、快感だった。

今回は、そんな感覚は全くなく、
あっと言う間に、終わってしまった。


さてプロクロス 神学綱要 命題83

およそ自己自身を識ることが
できるものはあらゆる面で、
自分自身に戻ることができるものである。

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