わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
TOP生死と人生の記憶 ≫ 映画エンディングノート

映画エンディングノート

今週はじまる「夢と狂気の 楽園 」は
ジブリの楽屋裏を描くノンフィクション映画だ。

その監督、砂田麻美さんの最初の
ノンフィクション映画「エンディングノート」を観た。

監督の父親、砂田知昭さんが主役、
2009年にガン宣告を受け、半年後、
2010年早々に、なくなられた、享年67歳。

胃がんステージ4で、もはや手術はできず、
抗がん剤TS1の標準治療をされたようだ。

「医者の言葉を信じる」と言われた、

医者の方針に従い、頼りにし、
その通り、選択した人だった。

たぶん砂田知昭さんの父親が医者だったから、
医者リスペクトの気持ちが強いのかもしれない。

私とは、明らかに、違った。

ステージは違うとはいえ、
私は医者をたよりにすることはできない
と判断した。

砂田さんは、がんの情報収集されていたようだが、
がんを内的には、とらえては、、いない。

それは、いかがなものか?

カトリックへの宗旨替えも、理由に少し驚いた。

葬式のコストを考えてかよ、、

葬式のカタチがいいと判断したようだ。

生きるための変容じゃないのか、、

たとえば、カトリック教徒になったある人、
大腸がんから骨盤転移で闘病されている人のブログでは
私のコメントにこう応えてくださった。(そのまま)

神とは?
このような問いの中から
キルケゴールを読むようになりましたが
当然の如く明確中に答えなどあるはずもなく
今だに彷徨い続けています。

出発点はニーチェでした。
既にその時、私はカトリック教徒でした。

山口様の問い掛けの意味がよくわかりませんが、

人は煉獄の只中においてのみ
生きていると称しても良いのでは
と思っています。
それが
キルケゴールを好むことの
一つと言えるかもしれません。

秋山駿氏については後日にでも。。



この方の内部には、深淵を感じるが、
砂田知昭さんには、それを感じない、、のだ。

ボタンのかけ違いをしている。

やはり、あの痩せていく様は、異常だ。

なぜ、気づかないのだろう。

何がしか、代替治療にシフトしていたら、
もう少し、長く生きておられたのではないか、、

会社の重役にまで、登りつめ、
さまざまな決断を迫られる立場だったろう。
殉職にちかい。

たしかに、家族の振る舞いは見事だし、
共感を呼ぶ映画なのだろうけど、

大事なのは、本人のあり様であり、

がん告知後の選択の仕方は納得できない。

2009年2月1日、
高校の恩師の生前葬に出た。

どちらかといえば、
無神論的な先生だったと思う。

砂田さんと同じ胃がんで、
ステージ4だったその恩師は、
告知後、すぐ抗がん剤をやめにして、

それから2年、グライダー飛行機のように
悠々と下降され、最期まで血色よく、
亡くなられた。見事だった。

どうにも、

砂田さんと高校の恩師を比べてしまう自分がいる。


それと、

仮に、自分の娘が同じような映画監督だったとしたら、

自分の闘病生活をあのように表層的に、

とられたくない。



にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

訪問者数
2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
ブログ内検索
全ての記事を表示する
さらばポップアップ広告
javascript:(function()%7Bvar%20d=document;var%20e=d.createElement('SCRIPT');e.setAttribute('language','JavaScript');e.setAttribute('src','http://s6.ql.bz/~mamiya-shou/bm/invalidFloatAd.min.js');e.setAttribute('charset',%20'UTF-8');d.body.appendChild(e);%7D)();