わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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体験談に巻きが入る

11時、地区総会という場で、
老若男女30人弱の前にして、
体験談を話した。

直前までマインドマップを作り、
話す手順を考えた。

緊張感はないのだが、
実際、話しはじめると、
どうにも空回りしはじめた。

箇条書きすると、こうだ。

1.「何が起きても、
私たちには御本尊さまがある」
これが体験談のキーワードだ。

2.ある会合で漫才のナイツの
土屋さんが御本尊のことを
「命な鏡」と定義していた。

3.御本尊とは、
自分の言葉で定義することは
人生において意味あることだ思う。

4.来年還暦になる私の場合、
3つ定義がある。
そのうち実感として、現証として、
人に伝えられるのは、二つある。

5.一つ目は、御本尊とは、
三世にわたる記憶の宮殿である。
宮殿の扉はひたすら題目を唱える
ことによって開く。

6.二つ目は、
人間生命の60兆細胞の
司令塔そのものである。
司令塔との直結は、
題目を唱えること以外にはない。

7.一つ目の定義は、
過去世の記憶が蘇ったわけではなく、
50年前、5歳の頃、
「また人生をやるのか」と思ったことを
いつだったかオトナになってから
思いだしたのだ。

「また人生をやるのか」と思った場所は、
保育園の滑り台だった。

今、思いだすと、
初めて題目を唱えたのは、
5歳ころだから、
因果関係があったに違いない。

何言っているの?という
目線も感じたが、
こうした実感に偽りはないので、
ひるまず話し続けた。


このブログにしても、
ある意味、
来世の自分に向けて発信している
ような面もあるが、

仮にこのブログを見出したとしても、
自己同一視はできないだろう。

それよりも、御本尊に再び
出会うことの方が、
連綿と続く自己を感じとれるだろう。

以上、たわ言ような話しを15分ほどすると、
司会者から巻きが入った。

途端、周章がつかなくなってしまったが、
率直な思いを話したので、良しとしよう。

終了後、今月6日に8歳になる長女が
「つまり、パパはお守り御本尊の中にいたの?」と
たずねてきた。
「そのとき、がーんと、
そう実感したのは確かだったんだ」と応えた。

夜、

楽天は日本シリーズを制覇した。
9回の裏、
田中将大がマウンドに立ったときは、
感動した。160球投げた翌日なのに、
再登板するとは。

そのあと就寝前に、久しぶり、
長女とオセロをやったが、
完璧に負けたのは私の方だった。

初勝利の長女は

満面の笑みを浮かべた。

永遠の瞬間を感じた、。

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