わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
TOP生老病死と汎生命論 ≫ 術後直後の現存在

術後直後の現存在

2010年5月26日、直腸がん手術の翌日の朝
外科医の大塚先生とその上の先生が回診に来て、
今日から、ベッドから出て歩くようにと、促された。

ギョっとしたが、腸の癒着を回避するためだ
というので、昼頃、ベッドを這い上がり、
管を二本、ぶら下げたまま、
個室のドアまでたどり着く、
そこまでが限界で、
激しく痛みだし、こりゃ辛い、、
手術より術後の方が問題だな、、

つくづく、個室は嫌だなとも感じた。
4人部屋が丁度いい、庶民には、と。

ドアの開閉する度、その音にドキンとした。
ここに3日間、いなければならない。
窓の景色も、隣のビルの壁がく見えるだけで
全く趣きがなかった。はやく個室を出よう。

午後になると発熱し始め、意識は朦朧となった。
ときおり、看護師が現れ、痛みどめの麻酔を
注入してくれると、背中から腰にかけて
さぁーと、冷気を感じたりして、少し楽になった。

無論食事はなく、水を飲むだけだ。
ズルズルと眠りつづけた、

すると回りが激しく振動しはじめ
大変だ、地震が起きている、
なのに、自分は動けない。

あぁ、思い出した、
俺は、閉所恐怖症だったんだ、、

22年前の順天堂病院のときも、
7年前の東大病院のときも、何日かすると、
閉所恐怖症になってしまうことを
俄かに思い出し、一段とつらくなった。

これはパニック症の亜種かもしれない。
窓を開け、換気せずにいられなくなる。

さらに高熱になり、暑苦しく、息苦しく
なり、振り切るような、やっと思いで、
目を覚ました。真っ暗だった。

時計は翌27日午前2時ころになっていた。

見回すと、どうやら地震はなかった、
でもあの激しい揺れは何なんだ。

おまけに密閉された中で
湧き上がるような熱さはなんだったんだ。

ふと、ベッドの横にあった
サイドテーブルに目をやった。
そこの上には本とか
CDラジカセとか置いていた。
その下には小型冷蔵庫があって、
激しくうなっていた。
その間に引き出しがあって、

あっ、と気づき、
やにわに引き出しを開けると、
底は熱くなっていて、
書類の中に、
小さな「御守り御本尊」がうもれていた。
粗末にはしてはいけないことはわかっていた、

あわてて取り出すと、熱くなっている、
熱源は冷蔵庫だ。

冷蔵庫をオフにすると、
静寂が戻ってきた。
地震と思ったのは冷蔵庫の振動だったのだ。

なぜ地震と感じのか、、

あぁ、あの閉所恐怖も、暑苦しさも、
自分は御本尊の中に入っていたんだ、

つまり、眠りについていたとき、
自分は引き出しの中にいたのだ。

と実感した。
入ってしまうという心象は、
特別なことではなく、ごく自然で、
造作もないことなんだ、と感じたのだ。

日蓮は「入る」という言葉を多く
書き残されておられる。秘術なのだ。

くりかえす、

私は素朴に、思い出すような感覚で、
御本尊の中に入る自我を感じたのだ。

特異な状況になると、そこに入ることは
よく起きる事態なのかもしれない、、

そう実感したのだ。

この御本尊を全くよそに求むることなかれ。
ただわれら衆生の法華経をたもちて
南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団に
おわしますなり。


と日蓮は説く。

ここからは全くの推論だが、

自分の中に、
根本尊敬という御本尊の存在を
実感することは至難だろうが、

夢の中で、

御本尊の中に入ってしまう感覚は
思いのほか、一定の人々には
往々にして起きるかもしれない。

その感覚は、
熱い引き出しの中だったからだろう、
悟りとかいうものとは程遠く、
煉獄とか、地獄とかに近いような、
鮮明なリアルな感覚だった。

ひとにはたわ言にしか聞こえない
個人的な感覚だが、備忘のために遺しておく。

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

訪問者数
2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
ブログ内検索
全ての記事を表示する
さらばポップアップ広告
javascript:(function()%7Bvar%20d=document;var%20e=d.createElement('SCRIPT');e.setAttribute('language','JavaScript');e.setAttribute('src','http://s6.ql.bz/~mamiya-shou/bm/invalidFloatAd.min.js');e.setAttribute('charset',%20'UTF-8');d.body.appendChild(e);%7D)();