わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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2010年の手術前後

ずいぶん前にも、ここに書いた話のくりかえし。

2010年5月25日に直腸がん手術をした。

前日はきっと誰でもそうだろうが、かなり緊張していた。

2日間、絶食していたから空腹感もあったし、
あぁ、これから人生そう何度とはない非日常の
状況になる、そのことが怖かった。

立ち向かべく、まず最初にしたことは、

自宅から日蓮の遺文
「三世諸仏総勘文教相廃立」
という文庫サイズの本を通読した。

とても難解、なので理解しようなんて思わず
音読し終えることだけを目的とした。

私は「今は分からなくていい」主義者だ。

その遺文の中に、「夢と(うつつ)」という言葉が出てくる。
うつつという漢字は今、抽出できなかったので、あとにする。

夢は仮にあって体性なし、、
うつつは常住にして不変の心の体なる、、
とある。

私は、日常の「夢と現実」と捉え
眠っているときの自分と起きているときの自分とイメージした。

そのあと日蓮が創唱した題目を一時間、
ベットの上で、ささやくように唱えた。久々の唱題だった。

これが私たちの基本の「型」であり、くりかえし、
持続することで信仰者と呼ばれる「現存在」になるのだな、と思った。

ベット上に移動式のテーブルを持ってきて、
できるだけ目の高さに小さな「お守り御本尊」を置いて、
見つめながら、首尾よく、手術の成功を祈った。

そして翌朝早く、8時に手術室に向かった。
飛行機の格納庫のような手術室で、
リクエストしたスタンダードジャズが流れていた。

幅の狭い手術台に運ばれたとき、
周囲をぐるりと凝視した。

これから何が起きるかわからない。
このまま死ぬかもしれないし、、

「良からんは不思議、
 悪からんは一定とおもえ」という
日蓮の言葉を何度か反芻し、、

もしかして、幽体離脱したときに
上から自分を観るようになったら、
たしかに手術室とわかるようにと

この状況を知っておこうとした。

「ではおまかせします、大塚先生よろしく」と私は言った。
執刀する大塚先生はうなずき、麻酔医が注入すると、、

そのまま意識は飛んだ、、

次に気づいたのは、姉に声かられたときで、
午後2時ころだった。手術は問題なく時間とおり終わっていた。

なんだ、、幽体離脱もなかったな、と拍子抜けした。

だが術後3日間は個室に入る。
なにしろ痛みと発熱で、辛かった。

背中あたりに麻酔のチューブみたいなのがあり、
痛むと看護師を呼んで、麻酔の注入してもらっていた。

ただ、ここからの感覚が不思議なのだが、つづく。



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