わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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優子、こんな夢を見た

このブログは何でもあり、で書いてきたが、
見た夢の話は載せないでいた。

けど、今日はそれもありとしよう、
高校の頃に出会った女性が夢に出てきたのだ。

若いころのままで、
おだやかで白い容姿をしていて、美しく、
当時のアイドル、天地真理に少しだけ似て、

いやもっと似ているのは、 山本奈津子だ。

奈津子824e5a66 山本

検索すると、  1983年に、にっかつ映画
『セーラー服 百合族』でデビューし、以後
1984年まで、日活ロマンポルノの看板女優の
一人として活躍した
、とあった。

今、山本奈津子の画像を貼ったが、、

あの頃の、

一つ年下の優子という名の女性と 

見るたび、よ~く似ていると、感じる。


きのうの夢は、妙に、なつかしかった。

たしか新宿で、
悲しい別れをしたのが最後だった。

最後に二人で観た映画は「追憶」だった。
never give up は、この映画で知った。

それと、「華麗なるギャッツビー」を
「ギャッツビー」は間違いで、
正しくは「ギャッビー」よ、と
優子は言っていた、な。


別れた後、帰りの東上線の車内で、
全身で号泣、ぼうだの涙を流したものだ。

たぶん、新たな男が現れていたのだろう。

けれども、三鷹の女子高校生のように、
相手を亡きものにしようなどと思い詰める
男のようには、、ならなかった。

心にフタをして、時に委ねようと、、

けれどもそこからの立ち上がりに、
時間がかかった。
仲間の失笑をかいながらも
どうしようもなかった。

10年の歳月が流れ、
千代田線の赤坂駅で、
長身の男性といる優子をみた。
男に対する仕草が、
かつて自分にした仕草と同じで、、

たまたま気づき、立ち尽くして見ていた。

優子は私に気づかずにいた。
彼女の髪の毛はややボリュームがなくなっていた。

二人は代々木上原方面の電車に乗り込んで、
去っていった。

一方的な一期一会、、

夢の中の優子は、
若く、なぜかやさしかった。
タージマハルみたいな所にいた。

微笑んでいた。

もはや、

リアルの優子に会いたいとは思わない。
昨年、高校の同窓会で老いた人びとを見て
愕然とした。無論私も、そうした初老の一人だが。

赤坂で見かけた時から20年以上の歳月が流れた。

恋焦がれる感情を持続することは、、できない。


いつの頃からか、

どんなに好きな相手でも、

人を憶う我がこころこそ、無常なのだと

深く、気づいた。



優子さんは、病気にならず、健在でいるのかな、、


ふと、加島祥造さんの言葉を思いだす。

Alone, but not lonely 

ひとりだ

でも淋しくはない 






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