わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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いずれ「存在と時間」を積ん読

2010年5月25日に直腸がん手術をしたとき
さまざまな思いが、瞬間瞬間押し寄せてきた。

今の体調は良好であり、そのせいか

さかのぼって、そのときの緊張感を
再現することは難しい。

怖かったが、
ほんの少し妙なワクワク感もあり、

どこか遊園地のジェットコースターに
乗るときの気分に少し似ていていたな。

ことによっては幽体離脱なんかするのかな

と手術室をゆっくりグルッと見回したのを覚えている。
「では大塚先生よろしく」と言って、ドーンと意識は落ちた。

ただそれだけのことだけど、、

なんか深いものを経験したように、今でも思えてならいない。

「死の練習」とかイメージした。


先週18日(水)紀伊国屋書サザンテラス店をグルっと
回っていて、岩波文庫のコーナーで
新しく翻訳された「存在と時間」(3)を手にした。

画期的な翻訳らしい。

その日が発行日だったので、記念に買おうかとも
思ったが、

「借りてから買う」という原則を思い出し、やめた。

「存在と時間」(3)は死のこと扱っている。

難解な、ハイデガーの存在論では、
隠れることが現れることだといわれる。

なら、死はその逆になるのだろうから、
どう考えているのかな、と素朴に思ったのだ。


とりあえず「存在と時間」(1)を図書館から借りて、

「チラ見積ん読書」をしようと思った次第。


追記:今振り返っても、私の直腸がん手術は
予定とおりの3時間で終わり、スムーズだったようだ。

私のお腹を開いたとき、肝臓も点検してくれたし
浮腫もなかったのだが、それだけでなく、
大塚先生の技術力は高かったのだと、今、思っている。

なぜなら同じ病院で他の外科医にかかった人がいたが
大変難儀したからだ。
無論、私とお腹の状態は違っていただろうけれど、

外科医のあたりハズレは、あると思う。

その大塚先生は、出身大学の事情で、
その病院から別のところに移ってしまい、
外科手術はあまりやっていないらしい。もったいない。

でも週1回だけ、その病院の診察を行っている。
9月26日の今日、これから大塚先生とインフォームドコンセントする。

ピロリ菌の有無を確認するのだ。



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