わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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「セネカ現代人への手紙」その1

今、ラテン語に関心をもっている。

もし宇宙人が
時空を超えて、地球を代表する言語は何かと
たずねてきたとしたら、

英語およびラテン語になるに違いない。

そんな気がしてきたのだ。


ずっと前に、

中野孝次「セネカ現代人への手紙」
(岩波書店)を図書館で借りて読んだ。

セネカの言葉はラテン語で書かれている。
そのドイツ語訳を中野さんが
清逸な日本語で翻訳し、評論されている。

いい本だが、もう絶版だ。
本の寿命は短い。
秋の古本市で探したくなる本だ。

あとがき
―セネカの哲学とわたしのガン体験

は秀逸だった。

「清貧」の哲学者らしく
さもありなん。

ご自分の闘病の経緯を
記されたあと、こう書かれている。、

 が、その苦しみをぐたぐたと語っても
しようがない。

わたしがここで言いたいのは、

その苦しく辛い日々、
わたしを励ましつづけたのは、
これもセネカが手紙の中で語っている、

彼の旧友バッススが病と老年とに対し
闘っている姿だった、

ということだ。

バッススは、
すでにからだは全身がぼろぼろ、
どっと浸水しだした船体のように
崩壊寸前の状態なのに、

精神だけはいきいきと
実に晴れやかに働き、
セネカと哲学を語ったというのだ。

バッススの船はすでに修復不可能であり、
まもなく沈む運命にあった。

にもかかわらず彼は絶望せず、動揺もせず、
元気だった時分と同じように
彼の精神は身体の上にあって
活発に働き続けていた。

そこには
あの死の直前までプラトンを読み続けたカトーや、
燃えさかる火に自分の腕の肉が焼け、
骨があらわになっても
動じなかった兵士に通う剛毅な精神がある。

セネカが感動したのも
そのところにあったにちがいない。


中野さんはご自分をバッススに重ねておられる、
そう読めた。

その強さは、
中野さんの食道がん闘病記を読めば
おわかりいただけるだろう。

実はこの本の中で書きたかったのは
ほかにある。

「手紙41 内なる神」についてだ。

が、次回にする。





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