わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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温泉銭湯と御書拝読

昨日の夕方

コーギーのモモと散歩中
近所の銭湯のご主人に話しかけてみた。

その銭湯に年に5回いくかいかないか
程度で、面識はないのだけれど

温泉堀削の成果が気になっていたのだ。

「温泉出ましたか?」とたずねたら
もう出たという、、
「それは良かった」と歓んだ。

1500m掘って、出たという。

モクモクと湯けむりが
見えるのか?と思っていたが、、

既に、
銭湯は休業していて
木造をSRCに建て替え
来年3月に再開するという、、


そういうことだな、、

出費は覚悟で

始め続ければ、必ず結果は出るのだ、、

諦めずやり続ければ、

出口はあるものなのだ、、


つまりはやるかやらないか、、


4月5日から始めた
日蓮遺文である「御書」拝読は

542頁を音読し終えた。

よく

「御書を心肝に染める」と
いわれるが、、

全編音読を続ければ、、

文脈をとらえていけば、、

自然に「御書が心肝に染まる」という
不思議な感覚になって来る。

がん闘病を通じてゆるやかに感じたこととして、
何度も書いていることだが、

表層の意識とは別に、あるいは異にして

誰にも等しく
60兆細胞の動的平衡の司令塔が
身体には内在すると実感しているのだが、、

それは、ひょっとすると

日蓮仏法の「法身如来」ではないのか
と今、素朴に思えてきている。

それって何?ってことになるが、
説明はしない、たたの思いつきなので。


さて、

御書は45年くらい前に
母からもらったものなので、

随分いたみががある。

いつかは、
きちんと読まなければ、
と思いつつ、

隅っこにおいいたまま、
まことにぞんざいな扱いをしていた。

なので、いたみが激しい、、

羊皮の表装の淵が
ボロボロになってしまっていて、、

これでは申し訳ない、、

御書カバーを買うことにした。。

やや大きめの
茶の革のカバーだが、、

広げているとき、
しっくり馴染むものがある。

あと残り1077頁を読了するぞ、、

そういえば明日で
直腸ガン手術から丸3年になるが、、

手術前日5/24に
御書の中の「総勘文抄」を
どうしてそれを選んだか、
定かでないが、、読了したっけな、、

手術をひかえ、

恐れ、身震いするものがあり、
「総勘文抄」を読むことで
平静さをもとめたのかもしれない

良からんは不思議
悪からんは一定とおもえ、、
(これは「総勘文抄」ではないが)
という日蓮の言葉が、
心の中でこだましていた、、




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