わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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司馬遼太郎の日蓮観

昭和を代表する歴史家である
司馬遼太郎さんは日蓮および日蓮宗を
どうとらえていたか、少しずつ
その講演録から抜書きしておきたい。

司馬遼太郎さんの家の宗旨は浄土宗。
日蓮に対しては感情移入はなく、
いたって冷静な見方をされる。

なので、その立ち位置を示すような
こととか、なるほどと思うことも
抽出しておきたい。

1967-5-25 京都市での講演
「法然と親鸞」


昔の文章は、声を出して読むために
書かれていた。
文章よりも、文章の行間が、
リズムを奏でながら出てくる感じです。

そのリズム、高鳴りが、声を出して読むと、
体で感じてしまう。

頭で感じす、心で感じる。
宗教はこれだなと思いましたね。

心で相手の心の響きを受け止め、
同時に自分の心が響き始め、
高鳴りはじめる。

こういうものだなと、そのころ
やっとわかった気がして、
これは私にとって
非常に大きな経験でした。

鎌倉時代の話、
この当時の日本人は賢かった。
鎌倉時代の日本人の考え方は、
合理的で、当時の西洋人よりも
ずっと近代的でした。

農業科学が、
農業に頭を使うことが
流行になった時代でした。

禅宗は難しい。
禅宗は、やったほうが悪くなって
しまう感じがする。
禅は効き目のある劇薬だ、、

同じ鎌倉仏教でも、
日蓮宗はずいぶん違う。
やはり玄奘法師が持ってきた
仏教の中で、
現世利益の系譜に属するのだと思う。

私は関西の人間ですから、
日蓮宗にはあまりなじみがありません。

日蓮宗を知ろうと思って、
根本経典の法華経を読んだのですが、
たいへんけっこうなお経です。

しかし、ここからどうして
日蓮宗につながるのか、
よくわからない感じです。

法華経は素直なお経ですね。
気負い立ったような、
これを信仰しなくてはいけないんだとか、
そういうアクの強いとこらは
ひとつもない、
なだらかなお経であります。
日蓮宗のにおいはどこにもしないのです。

そうすると、日蓮宗とは、
日蓮上人の激しい自己肯定の精神が
宗旨になっているような感じがします。

日蓮上人のパーソナリティこそが、
日蓮宗の宗旨になっているといいましょうか?

宗祖の人柄、個性というものは、
やはり染みついてとれないものかもしれません。
日蓮上人は大変に立派な方ではありますが、
言ってみれば、
アクの強い方でした。

日蓮上人は自己肯定に始まります。
自分を肯定する。そうして非常に
現世利益的でもあります。

日蓮宗は不思議です。
室町時代や江戸時代で、
当時問題になる新興宗教が
たえずありましたが、
それらはほとんど
日蓮宗の系統でした。
今もその傾向がありますね。



1974-9-27 福島県 会津若松市での講演
 「国盗り斎藤道三」


斎藤道三が日蓮宗で学問をし、
教養を積んだ話、、

日蓮宗は日本の宗教の中で
特殊な感じがある。

法華経を信じ、
「南無妙法蓮華経」と唱えれば
何事も成就するという。

私の生まれた家はわりと抹香くさい家でして、
仏教のことは比較的よく知っているつもり
なのですが、

ただ日蓮宗のことは、
なかなかわかりにくい思いがありました。

日蓮宗に詳しい学者や知人に聞いて
回ったりもしました。

「日蓮宗とはなんだろうか」

しかし、はっきりと手ごたえのある
答えはありませんでした。

ところが、学者でもなく、お坊さんでもない、
あるお寺の門番の人がいまして、

この人はよく本を読んでいましてね。
こういうことを言ってくれたことがあります。

「日本の宗旨に影響を与えているのは、
宗教的な理論ではなく、
宗祖のパーソナリティではないか。
浄土宗なら法然
浄土真宗なら親鸞の個性がそうであり、

宗祖の個性が強ければ強いほど、
その個性が残っていく」

日蓮の個性派強いですからね。

彼が言うのは、
その日蓮の個性の強さが、
日蓮宗の宗旨に残っている。

においとして残っている。
料理の香りのようなもので、
このにおいこそ、
肝心なところではないか。


私は、この人はなかなか偉いと思いましたね。

少しわかったような気がして、
さらに考えてみますと、

日蓮宗のお題目を唱えていると、
元気が出るようですな。

「南無阿弥陀仏」と
真夜中に唱えてみましょうか。

よくいえば内面的な、
悪く言えば陰陰滅滅といった感じになりますが、

「南無妙法蓮華経」
と大声で唱えれば、気宇壮大にもなれる。

躍進する気分というか、
内省する心が体じゅうから抜け、
だんだん外向きの気分になれる。
うんと元気がよくなっていきます。

良いことをしようと思えば
とびきり良いこともするし、
逆にとてつもなく悪いこともする
かもしれませんね。

そのような宗教体験を
妙覚寺で身につけていた青年が、
もともと野心家の、
ちょうどジュリアン・ソレルのような青年が
自分の道を思い定めます。

道三は、何かアクシデントがあった場合に、
「しまった、悪いことをした。
こんなことをして他人はどうおもうだろう」と
忸怩たる気持ちになるでしょうか。

私は、道三がそういう男だとは思いませんね。

「自分の行動こそ正義である」
そういう自己暗示というか、自己正当化というか、
そういう観念の強い男だったのではないでしょうか。

このことは、人間を理解するとき大事なことだと
思いますね。

道三の場合、その正義は何かというと、
「自分が登場しなければ、
美濃は滅んでしまう」ということでした。

つまり悪人の代名詞のようにいわれた道三にとって
悪とは何かといえば、、

それは「無能」ということだった。

当時、美濃を支えていた人と組織は、
ほとんど無能でした。

政治的な環境に鈍感な土岐家は、
美濃をつぶす白アリ以外の何者でもない。

体制を新しくして秩序を立て直し、
しかも治安を良くして民衆を守る。

道三はそれこそ正義だと自分を信じ込ませたと
私は想像します。


こういう考え方は、
日蓮宗のほうの考え方に似ていませんか。

日蓮宗の考え方は、単に自分の信仰に
とどまらないところがあります。


「南無妙法蓮華経」
と唱えることについては、現世的な利益も入っています。

さらに、

この信仰をもっと大きい国家規模に広げても、
信仰にもとづく自分の行動は正義であるという
思想があるようですね。


道三の場合、自分がこれからすることは、
世俗的なモラルから見れば悪だと思っていたかもしれません。
しかし、最後は、巨大なる正義をうち立てるということを、
自ら信じた。

自ら信じたときに、
汚れていない道三ができあがったのでしょう。

その考え方が正しいかどうか言っている
のではありません。

道三の魅力を考えたとき、
自らの正義を信じる道三の姿があります。
その涼やかな風景のなかの道三こそ、
人を惹きつけた思うのですが、どうでしょうか。


うなずけるところもあれば、
そうでないところもある。その具体はいずれまた、、




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