わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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めぐる生死生死を省察する方法

このブログは自分のために書いている。

私は、生命の生々流転を信じている。

そして、

未来の、あるいは来世の自分が
この無料ブログを確認できたら、、

おもしろいじゃないか、、と素朴に思っている。

無料ブログが一方的に消されることがないならば、、


ブログ書き始めの頃は、こんな発想、もとよりなかったが、、

再び日本語がわかる人間に生まれたら、、

あるいは、、おぉ、とこりゃ自分かもしれない
と思えたらおもしろい。。


前に、、ある夫婦の話、

来世でまた会おうと誓い合っている
夫婦がいることを知った、、

なんでも約束の場所をきめたという、、

微笑ましいが、そうした発想に近い。。


どうするりゃ、「これゃ、前世の自分かも」と
わかる手立てはないかと、、

思いめぐらせていた、、

そこで到達した、、


結論は、、

自分の「代表的日本人、日蓮」のことを綴っておけば、、
再び、このブログに遭遇する可能性が高いのではないか、、

という推測だ。現世と来世にわたる物語になるだろう。


それほどに、日蓮思索行は

「汎生命論」のメルクマールになると思えるのだ。


まさに、余人を持って変えがたい人物なのだ。。


なにも「豊饒の海」を書いて割腹した作家でなくても、

私のような市井の人間でも、

偉大なメルクマールを語るブログがあれば、、

同じように種を蒔き、その再発見に至ることができるだろう。


日蓮を語ると定めおけば、、たとえ無名の人間であっても、

「今留在此」を確認できる可能性が出てくるだろう。


日蓮を信奉する人は、世界的に、さらに増加傾向になるに違いない。

すでに、、

およそ生誕800年の日蓮には、玉石混交、、
さまざまな日蓮観が展開されている。


そこで同様に、自分も、こう思う、こう感じたという
日蓮のことをここに残し、書き留めておこうと思う。。


それが、

ひとつの教条・ドクトリンに反することがあっても、

いまさら、、かまわない、、

その責めは、潔く甘受しようと思っている。


むしろ、、

そこに独自性があるとするならば、
それこディスカバリーマイセルフ?になり、

きっと直観的に、自分と確認できるだろうから、


そこで、

手始めとして、いずれ近いうちに、、


日蓮が、鎌倉の竜ノ口で、
首を切られようとしたときに
「光るもの」によって、
斬首できなかった話の

推測できる事実を書いておきたい、、と思う。。


およそ上人とか、聖人とか、大聖人とか、
尊称をつけず、フラットに語る不遜な立ち位置となるが、、

まっ、バカな奴、と通り過ぎていただければ、、と思う次第。





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