わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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転移なし の報告と感慨

2010年5月22日(土曜日)の夕方、市ヶ谷の、Mさん宅の夕飯をいただいた。
どこかイギリスを感じさせる広いマンションのリビング、
その、清潔で、落ち着いたテーブルで、存分に食べた。

3日後に、直腸がん手術することになることから、なんとなく
最後の晩餐 をイメージしていた。基督教の人には不遜な話だろうが、、

美味しかった。
つとめて明るくしていたが、内部は緊張感がつのっていた。

Mさんは、私の一回り上の午年生まれで、
内村鑑三や新渡戸稲造の系のプロテスタントの信仰者だ。

その人たちは、聖書と武士道が信仰の基調にあるらしい。

その日帰るときに、聖書、詩篇121篇を書いたカードをくださった。

主はあなたを守る方
主はあなたの右の手をおおう陰
昼も日があなたを打つことがなく
夜も月があなたを打つことがない
主は全ての災いからあなたを守り
あなたの命は守られる
主はあなたを行くにも帰るにも
今よりとこしえまでも守られる


さらにMさん言葉だと思うが、、

あなたが救われれば
あなたも
あなたの家庭も救われる

と書かれてあった。

私の宗旨とは異なるが、一家言ある方なので、それはそれをとして
受けとめるようにしている。

因果律とは無関係の、一種の予定説、人格神を信じれば、というような論理には
どうにも馴染めない自分だが、励ましのことばとして、ありがたく頂戴した。

あれから二年がたち、

先般の内視鏡検査の、転移なしの結果を報告しに、昨日、Mさん宅を訪問した。

赤飯の夕飯をいただいた。これまた美味しかった。

毎年3万人に及ぶ自殺の話になった。
Mさんの周囲には、4人の自殺者がおられたという。

そのうち、

一人はご自分のゴルフ仲間で、60代の司法書士だという。
一人は40代のMさんと同じ信仰者で、勤務先の、事実無根の不祥事を苦にして
命を絶ったという。

Mさんは、聖書において直接自殺を否定する言葉はないのだ、と言われていた。。
自殺者も天国へ行く方途があるということなのだろう。。

仏教は、仏法は自殺をゆるさない。
最期まで、人生の意味があると、生き続けることを求めるものだからだ。

自殺は決して他人事ではない。誰もが遭遇しうる事態だと思うし、私も例外ではない。。

けれど、がんの転移を防げているという状況を踏みにじって、
自ら死を呼び込んではいけないと思っている。


 
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