わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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デカルトからパスカルへ

100分で名著は毎回最後の4回目にセカンドオピニオンが入ってきて、
それまでのトーンとは異なる展望を示す場になっている。

今回のパスカル「パンセ」に分子生物学、福岡伸一さんが登場してきて
空気を一変させていた。

下のテキストには、福岡さんの知見は載っていない。


現代科学はデカルトを源流として、パスカルを捨ててきたのだと福岡伸一さんが言ったとき、
ナルホド、と思った。謎がとけた感じがした。

パスカルはデカルトが大嫌いだっだ。

デカルトのコギト・エルゴ・スム、「われ思う、ゆえにわれあり」のアンチテーゼとして

パスカルの「人はみな変わる。過去の自分はもはや同じ人間ではない」(パンセ断章122)

生命は動的平衡の状態であるととらえる福岡さんの目には、
デカルトからパスカルにパラダイム・シフトするのが分子生物学の流れになっているのだと気付かされる。

現代医学のデカルト的な理性万能主義、エビデンス主義は乗り越えていくときにきていると分かる。
その担い手は、医療の場合、医者ではなく、患者の側の行動によってシフトが求められることも、
想像できた。

パンセの断章347の有名な文章を掲げておこう。

人間は一本の葦にすぎない。
自然の中で最も弱いものの一つである。しかし、考える葦なのだ。

人間を押しつぶすためには、全宇宙が武装する必要はない。
蒸気や一滴の水でさえ、人間を殺すに足りる。

しかし、たとえ宇宙が人間を押しつぶしたとしても、
人間は自分を殺す宇宙よりも気高いといえる。

なぜならば、人間は自分が死ぬことを、
また宇宙の方が自分よりも優位だということを知っているからだ。
宇宙はこうしたことを何も知らない。

だから私たちの尊厳は、すべてこれ、考えることの中にある。
私たちはその考えるというところから立ち上がらなければならないのであり、
私たちが満たすすべを知らない空間や時間から立ち上がるのではないのだ。

ゆえに、よく考えるよう努力しよう。
ここに道徳の原理があるのだ。
 


今はもう、直腸がんの予後のことは気にならなくなっていて、
来週月曜の内視鏡検査も、不安はない。

乾癬もだいぶ治癒してきて、乗り越えられる気がしている。

問題はC型ウィルスだ。繰り返しになるが、、
三剤併用も、新薬も、投与はさせない。効かないと思うからだ。

それより、あらかじめ身体にある、自前のインターフェロンを
人並み以上に産生できる体質を作りたいと思っている。

すると、1万円の情報商材で、自前のインターフェロンを作る
食事法を売る人がいた。1万円は高いし、入手しても身に付かないだろう。

ネタは想像がつく。。書棚の写真で想像はついてしまう。。
たぶん、ベースは甲田光雄先生の治療法を柔軟に取り入れる方法論とみた。

なぜわかったかというと、甲田光男先生のもとで断食療養を森美智代さんが
人の4倍程のインターフェロンを産生する身体になっている、、という事実を
森さんの名前は伏せて、商材レビューの中で掲げているからだ。

自前のインターフェロンの増産は各自が試行錯誤で形づくるしかない。。

私の場合は、徐々に糖質を抑えていき、少食の身体にもっていくことが
重要なのだろう。記録してビジュアル化することが、きっと有効なのだ。

実際、必要なのは、何を食べ、何を食べないかのコンテンツよりも
伴走してくれる、チューターみたいな存在なのだと思う。

 

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