わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
TOP生老病死と汎生命論 ≫ 青木新門「納棺夫日記」(増補改訂版)を読んだ

青木新門「納棺夫日記」(増補改訂版)を読んだ

映画「おくりびと」は2008年の作品だったので、既に4年たった。
その原作である、この本を最近読了した。


青木さんが生涯をかけてつづった、一書だと思う。
なかなか映画化を許さなかったお気持ちは当然で、十分に察することができる。

たぶん今も、青木さんご本人は、「おくりびと」を自分の著書で示そうとした思想とは
全く別の映画作品と思って居られるにちがいない。

納棺夫日記は宮沢賢治の詩とか、多くの先人の箴言を引用されているが、
十分、青木さんが経験された知見に淘汰されている。市井在野の名著だと思う。

現場の知見、地平から論を展開されている。
立脚点は親鸞、後半はその思想が反映されている。

念仏無限と厳しく糾弾した日蓮をベースとする自分としては、
青木さんの念仏系の思想を背景としているので、(そっちかよ)と思う点も、正直、多々あった。

富山の方だから、蓮如を通じて浄土真宗の檀家の人たち多い地方なのかもしれないが、
親鸞に関心はない。

だが私のの宗旨を指向性を払拭して、30年、さまざま死者を尊敬して対応されたきた
青木さんの立ち居振る舞いにただただ頭がさがる思いがした。

事件性のある死、列車の人身事故による死、腐乱した孤独死と、
さまざま死にきちんと向かい合って、モノではなく、対応されておられた。
普通はとても対応できない行為だ。


時間がないので、今日はここまで、、あしからず

 

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村

Comment

管理人のみ閲覧できます
編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012年06月26日(Tue) 15:18












非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

訪問者数
2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
ブログ内検索
全ての記事を表示する
さらばポップアップ広告
javascript:(function()%7Bvar%20d=document;var%20e=d.createElement('SCRIPT');e.setAttribute('language','JavaScript');e.setAttribute('src','http://s6.ql.bz/~mamiya-shou/bm/invalidFloatAd.min.js');e.setAttribute('charset',%20'UTF-8');d.body.appendChild(e);%7D)();