わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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高橋克也容疑者とマインドコントロール

先日逮捕されたオウムの高橋克也容疑者は赤坂署に勾留されているが、
今もオウムの修行を続けているようだ。

その効果を強調して「パワーがみなぎる」と取調の刑事に語っているという。
逮捕の日はマスコミは大騒ぎで、街中のインタビューは驚きと安堵の声を収録していた。

ゲーテの「箴言と省察」にこういう言葉がある。

「根源的現象に出会うと、感覚的な人たちは驚嘆の中に逃げ込み、
 知性的な人たちは、最も高貴ななものを最も卑俗的なものと結びつけて分かったと
 思おうとする」

1995年は1月に阪神大震災と4月にオウムの諸事件は、
まさに根源的な現象が起きた年だった。
オウムによって宗教は怖い、距離をおこうとする風潮が以後、強まったと思う。

もっとも、、オウムは多くの人たちを殺害した悪の結社であって、宗教の名に値しない。
そうであるのに、宗教なんて、と味噌も糞も一緒に批判するコメンテーターがマスコミを
騒がせていた。宗教の卑俗化をはかろうとする言葉が行き交っていた。

知性ある人たちにとって、その卑俗化のキーワードはマインドコントロールだ。

その意味はウィキペディアによると
「強制によらず、さも自分の意思で選択したかのように、
あらかじめ決められた結論へと誘導する技術、またその行為のこと」をさすらしい。

その言葉を使う人たちは往々にして、自分たちは、蚊帳の外にいるかのように主張するが、
科学主義もまた、一種のマインドコントロールにすぎないことをわかっていない。

抗がん剤投与の背景には、エビデンスというマインドコントロールがはたらいている。
抗がん剤をやめたがんサバイバーには、医者の頭の中にそれがまん延していることを実感する。

同じように、
マインドコントロールを提唱した心理学者もまた、その立ち位置は盤石なものではなく、
怪しげな科学主義の上に立っている評論家にすぎない。自分たちの心の安定ために、
カルト現象を説明しようと試みているが、屁理屈に思えてならない。問題はもっと深い。。


大事なのは、fact 事実だ。
もっと言えば、内なる事実こそ重要なことなのだ。
 
これから時間をかけて、高橋容疑者の「パワーがみなぎる」という事実?の根っこにあるものが、
何なのか、邪悪なものかそうではないのか、自ら省察できるようになれば、
人間的な変容がもたらされる気がする。

そして何より、被害を受けられた人々に、きちんと謝罪する言葉が出てくればいいのだが。


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