わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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宮本輝「星々の悲しみ」を読んで

高校時代の友人ヤマモトから芝居の案内が来たら必ず観に行くことにしている。
それと似た感じで、今年から、宮本輝の小説を読んだら感想文を書くことに決めている。

宮本輝公式サイトに登録し、書き込みをしている人たちの中にあって、自分は宮本輝作品を
最も読んでいない人間ではないかと思え、感謝の気持ちで、感想文をアマゾンに書きこむように
しようと思っているのだ。それほどに、手術の前夜、術後の闘病生活で、BTCの方々から励ましの
言葉をいただき、たいへん勇気づけられてきたのだ。さしつかえなければ、いつか載せてみたい。

そこで、、
輝文学感想文02は「星々の悲しみ」について

1965年の大阪で、浪人1年のぼく・志水靖高が、予備校に通わずに4月から12月までの間に、
府立図書館に通って、ロシア文学、フランス文学の長編短編を含め百何十もの小説を耽溺し、
読破していく中で、3人の男同士の出会いと別れの話だ。

受験勉強から逃避するぼくは、
「勉強をしなければならないときがくると、
きまってどうしようもなく小説を読みたくなったし、読書に疲れてくると、
単語集や数学の参考書に心を移してしまうのである。
つまりノルマから絶えず逃げていたい人間で、努力するための努力すら
できない性格であるらしかった」

これはそのまんま、自分の学生時代の姿だったなぁと思えた。
きっと誰もが思い当たるだろう。

そして美しい容貌の、医者を目ざす秀才有吉が9月に入院して3か月11月末に、
笑って「またな」という言葉を最期に、大腸がん末期で死んでしまう話だ。
本人には告知されなかった。1965年ならば、そういう判断がごく自然に行われていただろう。

でも有吉は「俺は犬猫以下の人間や」と言い残していた、、死が近いことを知っていたのだ。
親より先に死ぬことをそう表現したのだろう。
告知されずに何と言われようと、
がん患者は、悪液質で目に見えて体力の衰えが明らかになれば、
自然に死を自覚する、、全部わかるものだからだ。

そうして志水はいう、、有吉とまたどこかで逢えそうな気がした、と。

読書と友人の死を通じて、志水に自分の成長を次のように語らせている。
その言葉が、一番好いい。なぜなら読書がもたらす変容をしめしているから。

「ぼくはその間に読んだ小説の行方を思った。悲劇も喜劇も、悪も善も、恋愛も官能も
 心理も行動も、ことごとく陰翳を失って、ぼくの中に潜り込んでしまっていた。
 ぼくは何も得なかったようでもあったし、
 積み重なった透明のな後光を体の中に巻きつけているようでもあった


そこで、思うこと。
ひとは、日常のささいな出来事でも、尋常ならざる出来事でも、遭遇した当初、
それが何なのかすぐには「わからない」と感じることがよくある。
そういった経験は幼少期にとどまらず、大人になり老人になっても変わらず、起きてくる。

それをわからないままに覚えておこう、内部生命に浸透させておこうと思うこと
が重要ではないか、、と思うのだ。

気恥しいが、大事な人生観だと思っている。
記憶や記銘という表層意識を通じて、内部生命の自分(60兆細胞の動的平衡を保たせている何か深層意識みたいなもの)にその出来事を届かせて、寝かせておくようにしておくことが重要なのだと。

すると何かの縁に触れて気づきがおとづれるという現象が生まれる。
適切な言葉を見出したいのだが、、浮かばない、、

あぁそうか、
ある師弟の間では、師は自分の言葉を一切ノートをとらせず、弟子の身体にたたきこむように
教授していったというのは、そういうことだったんだ。。

わたしは何を言っているのだろう、、さらにこの際、断言しておこう、、

ひたむきな、がんサバイバーもまた、積み重なった透明な光背が身体をつつむようになると。


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Comment

こちらこそ、ありがとうございます
編集
てらけんさんへ
> 「三病息災で100歳!」に心からエールを送ります。
> ぼくは、不安症を持っていて、病気に対して臆病です。
> ある種の覚悟と割り切りと勇気を持って、心のギヤさんの
> ような生き方が出来るか?受け止められるか?不安です。

てらけんさんが不安を感じやすい方だとは驚きです。
てらけんさんのサイトは存じ上げておりましたので、
明るく心の強いイメージを懐いておりました、からです。。

私の場合、
細胞にとって毒である抗がん剤を途中でやめたときが、
覚悟のピークでした。そして身体の自然治癒力とは何か
真剣に考えました。
その結論は、日常の表層意識とは別に、身体の内部にある、
「60兆の細胞の動的平衡を促す司令塔」という内部生命こそ
自然治癒力の主体だと気づきました。

表層意識と内部生命が互いに交流しあえれば、
病気は自然に治癒すると信じるようになりました。

いつかもう少し時間をかけて考えて、
がんサバイバーという立ち位置から
自分なりに内部生命論をまとめてみようと思っております。

今後ともよろしくお願いいたします。
2012年06月06日(Wed) 00:12
てらけんです。
編集
心のギヤさん、「星々の悲しみ」についての感想文を
読ませて頂きました。
簡単に言えないことは分かっているのですが…、
「三病息災で100歳!」に心からエールを送ります。

ぼくは、不安症を持っていて、病気に対して臆病です。
ある種の覚悟と割り切りと勇気を持って、心のギヤさんの
ような生き方が出来るか?受け止められるか?不安です。
でもここに来て、楽観主義者の死生観から何かを感じて、
生きるという考え方が前向きなり闘志が湧いてきます。
ありがとうございましたと言いたくなります。

2012年06月05日(Tue) 16:47












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