わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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プロフェッショナルの天野篤先生

今朝録画で
NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で
順天堂医大の外科医天野篤さんをみて
素直に、感動した。

一途に 一心に

父親をご自分が助手として
はいった心臓手術ででなくされたこと

その父の人工弁を「形見」として
デスクの引出に入れてあること。

年間400回の手術、
その父親にほめてくれるであろうことを
仕事のバネにされていること、

天命に忠実に生きること
宿命ですね、、そう言われた。

ヒーローはアントニオ猪木で
仕事場の椅子に赤いタオルがかかっていた。。

手術成功率は驚異の97%は

月曜から金曜まで一週間
病院の教授室で寝泊まりして、、

手術成功の必然性を構築すること
積み重ねだとわかった。

朝はパン1枚、手術の合間の
バナナと野菜ジュースを食べるだけ、、

その少食は、健康維持の理にかなっている。
その部下が太っていたのが、
逆に気になった、、補佐できるか?


2月の報道で、、

天皇陛下の執刀医を務める心臓外科医
天野篤先生の淡々とした言動を観た。

心臓を動かしたまま行う
「オフポンプ手術」の第一人者。

そのタタキ上げの経歴が
いいじゃない、これぞ外科医と思った。

天野先生にしてみれば
陛下の手術も、いつも通りの手術
の流れだったのではないかと、
想像できた。

なんとなく天野先生のたたずまいが
マリナーズのイチローのイメージと
重なる。。

映像の終盤で

もっとも難関な手術をされた
音楽の先生が、、

手術後意識を取り戻し、
開口一番「家族に会いたい」と
言われた。

そのときだけ、天野先生は
満面の笑顔になられた。


やがて家族が入ってきて
母親を耳元に近づけさせて

「全部、わかっている」
蘇生した娘さんは母親に言われた。。

不思議な言葉だ、、


その言葉は、、
天野先生のお父さまの声でもある、と

そのとき、私は思った。

そういう言葉が織りなす感得こそ

宿命であり、

因縁なのだと、、


余談だが、

91年にC型肝炎を発病したとき
治験段階のインターフェロン投与を
同じお茶の水の順天堂病院でおこなった。

入院費の差額ベッドが高かったな、


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Comment

コメントくださり、ありがとうございました
編集
ひでほさんへ

12日のお茶会のときは、
ありがとうございました。

ひでほさんが、話してくださった
脾臓の摘出手術がプロトコルとして、
あったことは、、とても驚きました。

また、お会いしましょう。
2015年09月20日(Sun) 15:06
昨日の講演会ではお世話になりました。
編集
国府台の帰りのお茶会でご一緒させていただいた「ひでほ」です。
お世話になりました。

貴ブログで、まとまっている天野先生の記事を見つけてしまい、
天野先生には何度もお世話になったこともあり
こちらにコメさせていただきました。

またよろしくお願いします。
それでは失礼します。

2015年09月13日(Sun) 16:18












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