わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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つとめ について

時折、確認すること、、

このブログは30年後も生きているであろう(笑)
自分に向かって書いている。

わたしの名は、つとむ だ。
漢字は勉ではなく、勤と書く。

よく、名は体を表すという。

ならば、

つとむ、つとめ の意味について
あらためてわかったことを掲げておきたい。

大野晋さんの「日本語の年輪」(新潮文庫)の中で、
「つとめ」について、こう書かれていたのだ。

つとめ

朝の電車の混みようは全くひどい。
学校を卒業したての人たちが訪ねて来ての話をきくと、

勤めはじめは、
会社に着くまでに体力の三分の一はすり減らしてしまうという。
そして、
会社に着くたびに、学生の頃はまだよかったと思い、
一体、この「つとめ」はどういうことなのだ思うという。

家に帰れば「納税は国民のつとめ」というパンフレットが舞い込んでいるかと
思えば、デパートからは「おつとめ品」などど特価品の案内が来ていたりする。

「つとめ」という言葉は、

「万葉集」では、自力で骨を折って事をする という意味である。

「明らけき名に負う伴の男心つとめよ」
(りっぱな名を背負っている家来たちよ、
 心をはげまして一生懸命やりなさい)と使う。

また「源氏物語」などでは、
朝夕の仏道の勤行を「つとめ」といっている。

しかし、「枕草子」の有名な
「春はあけぼの。夏は夜」の続きには、
「冬はつとめて」と書いてある。

「つとめて」とは、朝早くの意味であり、
雪の朝など寒いときに、急いで火をおこして、
炭を持って廊下を渡っていくのも、
いかにも朝の早朝にふさわしい景色だと
清少納言は言っている。
つまり、
「つとめて」は、一方では自力で骨を折って精を出すことを意味し、
他方では、朝早くという意味になっている。


(まとめると、
 勤とは、朝早く、自力で骨を折って精を出すという意味になる)


大野晋さんは、さらにこう述べる。

今日普通には使わないが、
「つとに」という言葉がある。

早く、とっくにという意味である。

「つとに起き夜半に寝ぬ」といえば、
朝早く起きて、夜おそくまで働くこと。

つまり、「つと」とは朝早くを意味した。

そこで、「つとめ」といえば、
朝早くから何かをすることであったのだが、
それが一方では朝早くから働く方の意味になり、

やがて一般的に広まって、
精を出してきめられた役目を果たすことに
移っていった。

他方、

「朝早く」の意味で使った「つとめて」という言葉は、
それだけを独立して「早朝」を表わした。

これは人が訪ねてきて泊まり、
あくる朝早く帰るときなどにも
「つとめて帰る」と使ったので、
「つとめて」は次第に、
翌日の朝という意味も変っている。

このように「つとめ」という言葉は、
「つと」という、
朝早くという意味から起こった言葉である。

だから、「勤め」に行く人が朝早くから、
雨が降っても雪が降っても、
混んだ電車に乗ってでも働きに行くのは、
やむを得ないことだというわけなのだろう。

以上が大野晋さんの「つとめ」についての話だ。
なんか自分の謎解きをしてくれたような
気づきがあり、感慨深いものがあった。

そうか、、今、思い出した、、

私の名は、母が命名したと言っていたな、、
そのときは、ホントかどうか、やや疑ったが、、
私を公務員にさせたかったとか
言ってた記憶がよみがえり、、

今、その意味を知ると、
やはり母が名付けたのだろう、と思えた。

ともあれ、
私の場合、還暦が近いこれからの30年こそ、
朝早く、自力で骨を折って精を出し、いばらの道の中、
《さまざまなつとめ》を果たさなければならない

ということなのだろう



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