わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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心の師

昨日は6歳の娘の卒園式に出た。

寒さのせいか、
肝臓がキリキリと痛んだ。

肝臓は決して「沈黙の臓器」ではない。
肝臓を患ったことのない医者の、
勝手な評価にすぎない。

この痛みは久しぶりの感覚で、、
C型肝炎であったな、と思い出した。

最近までは、左肋骨が痛んでいたが、
今日は肝臓が痛むわけで、、

あるいは、、何か起きていてるかもしれないが、
さほど気にしてはいない。

来週、C型肝炎の経過観察の診断があるから、
そのための血液検査をすることにしよう。

すべて自宅近くの医院ですむ話なので、楽だ。

私は、乾癬、C型肝炎そして直腸がん予後の
三つの病気を抱えている。

仮に直腸がんの転移がない状態で、
術後5年を経過したとしても、
次にC型肝炎をどうするか、
乾癬をどうするか、が残ってくる。

なので、一つの病気を克服したからといって
単純に、勝った、勝ったと叫ぶことに、
感覚にはならない。

関節痛とか、次から次へと
年相応の病は出てくるわけだから、

勝った負けたと騒ぐことは、浅はかなこと。

むしろ、、せっかく病気をしたならば、
それを通じて深く人生を生きようと思うようになった。


人気ブログの迂路石先生は…

  もともと癌は「自分自身で自分の細胞から創り出したもの」です。
  インフルエンザなどのように、外から入ってきた「外敵」ではありません。
 外敵なら闘って、それを排除しなければなりませんが、癌は「外敵」ではないのです。
 癌は自分自身なのです。
 ということは、癌と闘って勝つのも負けるのも自分ということです。
  自分が勝者でもあり敗者でもあるという矛盾が生じます。

   私はもう癌と闘うのはやめました。
 癌を受け入れることにしたのです。
 癌は自分自身ですから…。


と、抗がん剤治療を途中でやめ、CT検査もやめることを決められた。

心が変容されたのだ、とうれしい気持になった。

わたしもまた、そうした心づもりで2年を迎えようとしている。


心の変容により、
迂路石先生もわたしも、がんで死ぬことはなくなる、、と
予言しておきたい。


なぜ、そう予言できるのか?

唐突だが、

松野哲也博士が2・3日前、
ブログに載せられたものを
ほぼそのまま載せて、
予言の根拠としたい。

以下の話は松野先生の著作に、
何度も出てくる話で

HIVが消える??

正直、最初信じられない、、と思ったが、

今は、人間にはそうした治癒力が、
この自分の奥に内在する力が信じることができる。


ニロ・アシステントという
女性のヨガの先生はAIDSに罹り、

マンハッタンの北に位置する、東へと延びる小さな半島
ロングアイランドで別荘番として余生を過ごしていました。


彼女のボーイフレンドは母国・デンマークに戻り、
同病ですでに死亡しています。

私はガンやウイルス感染の消失した例を数多くみてきましたが、
無意識の方向づけがキーポイントのように思われます。

しかし、このようなことに関して心情を明瞭かつ適切に表現した例を殆ど全く知りません。

ところが、以下の詳細でリアルな記述に接して心底納得がいきました。
Niro Asistent ”Why I Survive AIDS”という彼女の本の一部を抜粋します。
以下は私が英文から訳したものです。


 「海岸には雪が積もり、まるで別世界のようでした。
  このような光景は決して初めてのものではなかったのですが、
  この日、陽の光はいつもとは違ったように感じられ、
  空はいつになく限りなく透明感のある深い青さを増していました。
  海から聞こえてくる音は力強くもまたやさしくもあり、
  まるで愛の言葉をささやかれているようです。

  カモメの群れがいる以外は自分ひとりでしたが、
  いいようのない優しい気持ちに満たされたのです。

  感謝の念がわきおこり、涙は砂の上に落ちました。
  そして、次第に歩みを進めていくにつれ、
  無数の波が果てしない大海に融合するように、
  私自身も無限そのものに同化していったのです。

  新雪の中にブーツを踏み入れ、
  引き上げる感触に集中しながら歩を進めていくと、
  呼吸するとか、足や骨やくるぶしが自然に動くことが、
  奇跡そのもののように思えたのでした。

  一歩一歩がまったく初めてのものであると同時に
   最後のものでもある。・・・・

  自然のリズムと一体化すると、
  身体をもつ自分が外界と隔てられているという感覚は失せ、
  巨大な空間と一つになるのを感じました。
  至福を超え、存在そのものの根源に触れたのです。


  私の存在は、雪、海、空、鳥に溶け込みました。
  太陽の熱、冷たい風、波のうねりが私でした。
  呼吸はゆったりとし、
  そのうちほとんど停止してしまったような気がしました。

  残っているのは、
  すべてが果てしないひとつであるという感覚だけだったのです。」
          

彼女はこの体験の後、エイズウイルスが消えたと直感します。
そして事実そのとおりのことがおこったのでした。

ヴィパッサナー瞑想のように一挙手一投足に注意を集中し、
今に生き、存在の歓び、感謝、離人体験を伴った至福、宇宙との融合。

いってみれば右脳・前頭前野を介して宇宙の根源
(ゼロ・フィールド)システムにつながり、
それが<運>の変化(この場合は抗ウイルス免疫態勢の活性化)
としてフィードバックしたと考えられるのです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ゼロ・フィールドは松野先生の生涯を通じたキーワードだと
わたしは思っていて、、

たぶん松野先生ご自身の大腸がん治癒の過程で感得された
地平なのだろう、と推察している。

わたしにはまだゼロ・フィールドを感じることはできない。

しかし
自分の意識とは別に

60兆の細胞の生成流転をコントロールする何かが
自分の心か脳の奥に内在することは感じている。

仏典(六波羅蜜経の文)に
「心の師とはなるとも
 心を師とせざれ」
という言葉あるが

心の師なるものこそ、
自分に内在する「60兆細胞の司令塔」なのではないか

と思っている。。


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2006年11月2日から
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