わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
TOP生死と人生の記憶 ≫ ブラピの「ベンジャミン・バトン」と、がん物語

ブラピの「ベンジャミン・バトン」と、がん物語

2・3日前に放映されていた
「ベンジャミン・バトン」の中で、

相手役の女性が交通事故にあう経緯を
ベンジャミンが回想するシーンがあった。

一つ一つ小さな出来事が折り重なって
彼女は大けがしてしまうことを回想している。。

仏教でいうところの縁起なのだろうけど、

そう考えればそうだなぁ、

と思い当たる経験が自分にもある。


既に前にも書いたことだが、、


2009年1月25日の日曜早朝に

あるマンションの階段のヘリにかかとがはさまり
もろ!尾てい骨に響く、大きな尻もちをついた。

人生で感じてきた激痛の最たるものだった。


一周間後になっても、発熱するほど
痛みはどんどん激しくなり、、


2009年2月1日の日曜を迎えた。

この日、自分の出た高校の国語教師が、

余命半年の末期の胃がんになっていて、、
その生前葬みたいな同窓会に参加したのだ。


その教師は当時NHKにも取り上げられるほどの
人気教師で、同窓会はある意味最後の授業だった。


今は「2人に1人は、がんになるし、
3人に1人は、がんで死ぬ時代」と教師は指摘してくれ、

自分は抗がん剤はやらずに、
できるだけ体を温めて、
グライダー飛行のように生きていく、、

とも言われた。


そして、2009年10月23日
その教師は最期まで血色の良いまま、静かに亡くなられた。


私の体は
そのころになっても
尻もちをついた尾てい骨の痛みは
一向にとれずにいた。

そして

同じ2009年12月末に、
仕事上の友人の兄が
大腸がんの末期になったことを聞いて、、

何かイヤな予感がはしった。

もしかしたら自分も、がんかもしれない、と。


2010年1月になって、血便らしきものを

時おり確認したたが、、まさかなぁ、、


痔か

尻もちの後遺症だろう程度の認識だった、、

何となく
2010年3月になってから、

その3月末で終わる大腸がん検診(検便)を

やる気になり、受けることにした。


やはり、、

ヘモグロビンが確認され、再検査の通知がきてしまい、、


翌月の

2010年4月に内視鏡をいれてみたら、、


ありゃ、、、

もっこりとした大腸がんが見つかった。


善は急げ、、


2010年5月25日に手術をした、、



という経験だった。




手術を受ける前、
外科医との話し合いで、

彼に云われたことは、、


大腸がんは5年以上のスパンで
出来てきたものであり、


尻もちと大腸がんには
因果関係は全くない、

単なる思い込みですと、
一刀両断されてしまった。


手術前の緊張もあって、
私の言いたいことが伝わらず、

不満がたまったが、、

とりあえずこらえた、、



で、

今にして思うと、、


つまり、


冒頭の「ベンジャミン・バトン」の話のような
物語が自分の内部の中でも、
起きていた、

と感じられるのだ。



ひるがえって

たぶんガンの側からしてみると、、


2005年頃から発症し

わからないように
徐々に大きくなってきたところ、、


2009年の尻もちで、
ようやく本人に気付かれるような啓示を
あたえられてしまい、、

さらに、

周囲にがん患者の話を聞く縁に
巻き込まれる事態となり

がんは、
白日のもとにさらされるようになってしまった、、

そう思っていたのではないかな、、と


ご理解いただけるだろうか、、、


今、2009年1月から3年を経過し

感謝の思いとともに、

そういう物語を強く感じる次第である。

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

訪問者数
2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
ブログ内検索
全ての記事を表示する
さらばポップアップ広告
javascript:(function()%7Bvar%20d=document;var%20e=d.createElement('SCRIPT');e.setAttribute('language','JavaScript');e.setAttribute('src','http://s6.ql.bz/~mamiya-shou/bm/invalidFloatAd.min.js');e.setAttribute('charset',%20'UTF-8');d.body.appendChild(e);%7D)();