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伊庭靖子展は発見だった

不忍池の池から東京都美術館まで、サントリー プレミアム モルツを飲みながら、長女は鰻重だけではもの足りず、菓子パンを食べながら、歩いた。

西洋美術館は常設の松方コレクション展で、やはり混雑していた。それはこれからでも、見れる。

東京都美術館は、長女が夏休みの宿題のために行くことにしたのだ。検索し、伊庭靖子さんは存命の画家と知り、現代絵画の方が、長女になにがしか、インスパイアがあるかも、と思っだけで、掲示版をポスターを観ても、さてさて、どうしたものか、と思いながら入った。大人800円、中学生以下無料とあり、ならいいか、、と。

まなざしのあわい 伊庭靖子展

最初の大きな壁紙のような絵画、ソファの絵画を見て、、すごい!じわじわくるものがあった。静物ばかりだが、これはフェルメールを超えている。

サイトの検索からは、こうあった。

画家の眼とモティーフのあわいにある世界に魅せられた伊庭靖子(1967-)は、触れたくなるようなモティーフの質感やそれがまとう光を描くことで、その景色を表現し続けてきました。

自ら撮影した写真をもとに制作するスタイルは変わりませんが、近年、それまで接近していたモティーフとの距離が少しずつ広がってきました。

空間や風景といったものへの関心が高まり、まわりの風景が広がることで、伊庭の絵画は新たな展開を見せています。


さらに、案内のレジュメにこうあった。

伊庭は、物の表面には「質感」が現れる場があると言います。
クッションの模様は、カンヴァスに貼りついた装飾のように見えてくると、画面から浮かび上がってきます。
見る人の視覚を揺さぶる模様の描写によって、クッションに反射する光やその周囲を
漂う空気といった、目に見えない「質感」が際立たされています。


私見だが、描かれた物に質感がある、はその通りだと思う。

「質感」を「空気感」「気」と置き換えると鮮明になる。
2Dから3Dへの変容が、観る側の内部に起きる。だまし絵とは違うのは、そうした錯覚ねらいではなく、質感を感じさせる力が、その絵画には、あるのだ。触らないのに、視覚だけで、その気を感じた。

そして多分、その気は、絵画にあるのではなく、わたしの内部にあるものが呼び起こされ、現れる。

ともあれ、カンヴァスの油彩画なのに、そう感じさせた質感は、いささか驚いた次第。

ただし、その質感には「風の流体」はなかった。写真がベースにあるからかも知れない。

流体力学を感じさせたのは長谷川等伯の「少林図屏風」だけだ。図屏風は動いていた。

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