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伊庭靖子展を観る前に、鰻屋へ

8日、上野の東京都美術館で開催中の伊庭靖子展に、中2の長女を連れて、観に行った。

大江戸線の上野御徒町駅から不忍池をめざして歩くと、

いつもだが、ここに来ると、わたしはどうも、たった一日の出来事、明治維新の官軍の薩摩藩と彰義隊の激突を想像してしまう。
南から攻める官軍の大将は、大村益次郎の采配で、西郷隆盛が担った。西郷さんの銅像がその場所から近い公園の一角にあるのも、むべなるかな。

結局は、大村益次郎が用意したアームストロング砲が、東大病院の辺りから数発はなたれ、彰義隊はあっけなく壊滅、敗走する。

その不忍池の前に、老舗、鰻屋伊豆栄がある。遠い昔に入った気がする。先週、長女が鰻が食べたいというので、入ることにした。

職人さんは見えない、焼きは奥で、なのだろう。和服の、女将さんと目が会い7階に。
蓮の葉の緑におおわれた不忍池の池が見渡せ、心地良かった。

鰻重の「竹」を2つ、注文したのだが、20分、30分待てども、鰻重が来ない。どうして、、と和服姿の仲居さんに尋ねたら、まだ注文が通ってなく、静かに、切れた。
なら、はやくできるのが「松」ならば、それをはやく、、と告げた。
けれど、怒りが次第たかまり、たまたま隣のテーブルの片付けに来た、さっきの女将さんに、ことの次第を伝え、「詫びの気持ちを示して」と伝えた。

甘さ控えめの鰻重を食べ終え、会計の際、鰻重のお代を女将さんは「いただかない」と言われた。いささか恐縮したが、「また来ます」と伝えて、、美術館へ。

そうだ、見ため、女将は和服姿の「湯ばあば」のようだった。ただし、女将は優しかった。さすが、老舗の女将だった。

伊庭靖子展は次回に。

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