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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
TOP生死と人生の記憶 ≫ 真夏の断想、場所から思い出すこと

真夏の断想、場所から思い出すこと

今朝、広島の平和記念式典で原爆ドームのレンガが映し出され、安倍総理のスピーチが流れていた。ほんの数秒見て、テレビをOFFにした。見入ることはもうない、すっかり、脱テレビ人間になっている。

日本の夏は、不思議と昔の、ふとした言葉や光景がよみがえる。ささやかな回帰、、

一つ目、、
安倍さんの声を聴いていて、彼の父、安倍晋太郎外務大臣の婚外子のことを思い出した。

大学の同じクラスに内城という男が、どういうわけか、八王子から遠く離れた駒込の古い木造アパートの2階に住んていた。

なぜ会いに行ったのかは、覚えていない。男は、文学青年で同人誌のようなものに加わっていた気がする。

雑談する中で、向かいの部屋に、誰か入っていく音がした。
「あっ、帰ってきたな。向かいの奴は安倍晋太郎の子さ、、愛人との間にうまれた、近くの大学に通っているようだ。会ってみるか?」と言われたが、
「別に、、いいよ」と応えた。

二つ目、、
荻窪駅の北口近く、杉並公会堂に向かう方に映画館があった。1972年頃か、「幸せパリで」という、カトリーヌ・ドヌーヴとジャック レモンの映画やっていて、バート バカラックの「エイプリルフール」という名曲が流れていた。

そうなのだ、わたしの高校時代は映画に目覚めた頃で、、「卒業」「明日に向かって撃て」とか見たものだが、、その音楽はサイモンとガーファンクルであり、バカラックだっだ。チェ・ゲバラと同じ1928年生まれ、91歳になっている。

そして、その時思った。映画は、見終わってすぐ、感想など、いわなくていい。「面白かった」は、要らない。にわか感想など、けっとばせ!
そうでなく、寝かせるのだ、、澱がたまるのを淡々と待てばいい、、そう決めたのだ。

三つ目は、
板橋区大山の母子寮があったところ。
今は、駐車場になっているが、その正門前の四つ角は、さまざまなことを考えた所だった。もう一つは大山保育園の滑り台の下で仰向けになったときのこと。

5歳か、6歳だった。理解しがたいだろうが、こう考えた、、

1.また、、この、人生を、やるのか、、

2.ここは、ほんとの居場所じゃ、ない、、
母親も、本当の母ではなく、という妄想。

3.すごく、まわりの出来事が、冴えざえとした青の世界で、みえて来る感覚。コトバはわからないが、わかるという感覚。

4.こう、考えていることを、心のどこかに入れてフタをして、そっとしておき、いつか、あけることにしよう、、

このブログを始めたころから、そのフタは開けていることに。

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