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直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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宮本輝と児玉清の対話

以下ネットからのコピペ。わが備忘のため、ご容赦あれ、、

『天の夜曲』が奏でる調べ

児玉清、宮本輝
『波』2002年7月号/新潮社

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児玉 : 今日は、宮本さんと『天の夜曲』のお話ができるというので、『流転の海』シリーズを最初から読み返してきたんです。

宮本 : ありがとうございます。第一部が出たのが随分前ですからね。

児玉 : この『流転の海』は、最初は五部作というお考えだったんですね。ところが今度のあとがきを拝見しますと、六部と。

宮本 : どうも六部になりそうなんですね。

児玉 : でも、六部で終わるんですか。

宮本 : それが、頭抱えてるところなんです。

児玉 : どうしてですか、頭を抱えるというのは。

宮本 : これを書き出したころ、一応五部になると書いたものですから、二部はまだかって、それも年配の読者の方々、八十何歳の方から手紙をいただきましてね。私はもう残り時間がないので、何とか早く五部を終わらせてくれと。まだ一部書き終えたばっかりなのに(笑)。何とか長生きしてくださいってお返事出したんですけど、第三部を書き終えたころから、詐欺だと言われるようになってね。いやもう一巻ふえて七巻になりますなんて、確かに読者に対して申しわけないという気持ちがありましてね。

児玉 : 僕も正直言って最初のうちは先が読みたいですから、苛立ちみたいなのがありましてね、確かに。ですけれども、ここまでくると、事ここに至ったら、もうこれは終わらないでもらいたいと(笑)。いや、正直な読者の感想だと思うんですけどね。

宮本 : これは千万人の味方を得たような気持ちです。

児玉 : ここまで読んでこられた読者にとっては、松坂熊吾なる人物、それに妻の房江さん、息子の伸仁にしても、みんな自分の親戚みたいなものになっているんですよ。生活の一体というか(笑)。

宮本 : 僕のホームページがあるんですが、そこでも、もうここまできたら終わらせないでくれと言う人がいるんですよ。この親子三人、いつまでもウロウロさせておいてくれ、と(笑)。

児玉 : 作者御自身はどうなんですか。やめたら大変な反動が来るんじゃないですか。

宮本 : どうでしょうね。終わってみないとわかりませんけど。ただ四巻書き終えて、まだ伸仁って子が九歳なんですよ。松坂熊吾は実は伸仁が二十一のときに死ぬんですけど、今もう四巻でしょう。僕は『天の夜曲』で富山の一年間を書く予定だったんですが、これでも半年分しか書いてないんです。それでも、原稿用紙で言うと、八百枚以上。一冊の分厚さとしてこれは限界ですね。
  それに今から思うと「流転の海」は、早く書き出し過ぎたと思っているんです。三十五歳のときに、この父、五十歳の男を書くというのは、余りにも僭越だったんじゃないか、なめてかかったんじゃないかと。

児玉 : そうかなあ。僕は、三十五歳の年で「流転の海」の第一部を書いたという、そのことが読者に与えた至福と衝撃というものは、大変なものだったと思いますよ。

宮本 : ありがとうございます。これは短編でも長編でも言えることなんですけれども、小説の種なんて、まあ、あっちゃこっちゃに転がっていましてね。それは私の両目が見なくても僕のどこかについているレンズがシャッターを切って、どこかに蓄積されているわけです。そのフラグメントを、そのまま張り合わせていったって、小説はできるんです。でも、そのたくさんのスライドになっているものを寝かさないと、別のものに変わらないんですね。

児玉 : 生なものがそのまま生で伝わっても何もならないわけですね。

宮本 : それは小説かもしれない。

児玉 : かもしれない、か。そうですね。

宮本 : 小説にはなるだろうけれども、それはやっぱり血ではないですね。

児玉 : すごいいいお話だなあ。

宮本 : それを我慢して待たなければいけない。待っているうちに、例えば松坂熊吾がこういうようなことを言い、このような行動をしたという、僕の中のメモが違うものに変わるときが来るんですね。それには、やっぱり時間が必要です。この時間というものだけは、早めることができないんです。

児玉 : 宮本さんは、今……。

宮本 : 五十五です。

児玉 : そうすると、今の松坂熊吾に大分近づいてきてますね。宮本さん御自身がやっぱり五十過ぎてなければ感じられないことが次第に盛り込まれてくる。

宮本 : 精神的にも生理的にも、いろんな意味でもね。

児玉 : そこで変ってくるものがあるでしょう。

宮本 : 調べがね。

児玉 : そう、調べというものが変ってくる。でもそれは、熊吾の人生と奇妙に合体していると思えてならないんです。最初の『流転の海』で、熱い、燃えるような衝撃を感じた人はたくさんいるんですけど、それがしみじみとした色濃いものに移り変わっていくさまというのは、素晴らしいことだと思うんです。

宮本 : 三十五歳のときから二十年たって、私自身の文体が変化することは当然ありますしね。

児玉 : 向こうの作家で二十五年ぶりに続編出した人がいるんですよ。ジャック・フィニイという人。たしか「タイム・アゲイン」というのと「タイム・トゥ・タイム」という題ですけどね。

宮本 : 題もまたすごいですね(笑)。

児玉 : それから、リオン・ユーリスという作家も、十八年たってから続編を書いてます。向こうが別にいいとは言わないですけど、作家が一つのものをつくられて、それがある程度機が熟して十何年たってから、新たにそれに対する思いというのが出てくるということは、あると思うんですよ。

宮本 : 『流転の海』で、熊吾は五十歳でしたが、今はもう還暦を迎える年になっています。その十年の間には、やっぱり大きなものが人間に変化を与えますね。

児玉 : そういう意味では、実にうまいところでスタートなさったんじゃないかという気がしますね。
  宮本さん御自身おっしゃっているでしょう、熊吾を裏切ってきた人たちに対して、小説の中で思い知らせてやると。これはどういう形で出てくるのか。今はまだやられっぱなしでしょう。ボクサーで言えば、めった打ちになって。

宮本 : あの熊吾が、黙っているはずがないと(笑)。今ちょっと静かにさせているんです。次の巻ぐらいから、ちょっと噴火させようという気持ちがあるんですね。

児玉 : 実はだんだんミステリアスな要素を帯びてきているわけですよ。

宮本 : 僕は『天の夜曲』を書き終えて、松坂熊吾という人がわからなくなってきたんです。わけのわからん人ですね。熊吾も房江も、今はもう僕の中では別のものになってしまったんです。松坂熊吾というモデルは確かにいた。それは確かに僕の父であった。房江という人もいた。それは紛れもなく私の母であった。伸仁という子供もいた。これはどうも僕らしい。でも今はもう僕から離れてしまった、私の中の空想の産物なんですね。そういうふうにしなければ、この小説は読む人を裏切ると思うんです。
  この男が本当に転がり落ちていくのは、これからなんです。そこをどう書くかですね。人の振る舞いということを知っていて、多少乱暴な、学のある人間ではないけれども、妙な教養があるという、要するに変な人ですが、この男がなぜ転げ落ちていくかということが、僕にはやっとわかってきたんです。人柄とか人徳とか、あるいは悪いことをしたかしなかったとかという問題ではないものが、やっぱり人生を支配している。それは、よそから来たものじゃない。熊吾自身が招き寄せたものなんですね。それが一体何だったのか、少しわかってきたんです。それをどう書くか。

児玉 : 今回のあとがきで、人間の運ということを書いていらっしゃいますね。ナポレオンは自分の将校を選ぶときに、成績優秀よりも運の強い人を選んだというけれど、宮本さんは、人生の流れに筆を及ばせながら、運というものに目を収斂させている。

宮本 : 運というのは最初から決まっている、与えられたものだ、だから仕方がないといって、それで済むのかというところへいくんですね。人間はそういうものを打ち破っていくことができないのかと。

児玉 : 例えば伸仁という息子を、熊吾は大変可愛がる。周りから見れば、そんな育て方でどうするんだと思うやつがいるかもしれない。しかし、自分も家内の房江もちっとも心配していない。健康であればいいんだ。これだけいろんなことを教えているのにそれでも悪いことをするようだったら、それはもうこの子の持って生まれたものだと。これは、すごいことだと思うんですよ。宇宙の闇や人間の心の不思議につながっていく。そこを引っ張り出そうとなさっているような気がして。

宮本 : もくろみはそうだったんですけど、私の力がどこまで及ぶかですね。

児玉 : 今回も、背景になる日本社会のいろいろな問題が出てきますね。医療問題や教育問題にしても。

宮本 : 健康保険の問題も出てきます。あの昭和三十年代の、「もはや戦後ではない」と言われかけた時代において、健康保険がない貧しい人って、お医者さんにかかれないんですよね。お医者さんにかかってたら助かる子が、みんな死んでいった時代ですよ。健康保険というのはいろんな問題があるだろうけれども、あの時代には必要だった。でも、そういうことを小説家が書いたって、それは小説じゃないですよね。だから、小谷医師の言っていることが正しいのか、それとも後継ぎの息子の主張が正しいのかは、僕は書かない。

児玉 : でも宮本さん、読者はそこに宮本輝という作家の確かさ、良識というものを見るんだと思う。この本には、得体の知れない給食を強制して食べさせる教師や、家庭教師に自分の後輩を差し向けて、ただ飯食って飲み食いしている連中も出てきます。僕はここを読んでいる人たちの声が聞こえてくるような気がしますね。ああいう、物を知らない人間が子どもを教えてきた日本は恐ろしい国だと思うんですよ。この間ある短大で話をしたとき、教育者は宮本輝を読めと言ったんです。何が正しくて何が悪いかという大事なことは、こういう本によって知るしかないと思うんです。

宮本 : これは解けない謎ですけど、どうして僕の父というのはあらゆるところに僕を連れて行ったのか。大事な商談に行くのに、僕を連れて行くんですよ。その横に座らされているのが、僕には不思議でね。

児玉 : 今回読んでいて、熊吾が本当に自分の心を吐露できるというのは伸仁なんだと思ったんですよ。この二人の会話というのは絶妙ですね。あるときは最高の掛け合い漫才的なところがあるでしょう。僕、何度笑ったか。実にけったいな親子やな(笑)。

宮本 : 五十の男にとって生まれた赤ん坊というのは、子供でもあると同時に……、そういえば僕、ことしの秋に初めておじいちゃんになるんですけども。

児玉 : それはおめでとうございます。

宮本 : それでまた何か変わるかもわかりませんね(笑)。

児玉 : 孫のかわいさは無責任だと言うけど、そうじゃないんですね。この中で熊吾は、生命力というものの衰えを感じる。以前は、悪運がやってきても、ブルドーザーみたいにそれをなぎ倒していった。だけど今、ちょっと歯車が狂い出すと、何かが消えていくような思いがするんです。急に闘えなくなってくる。その中で、伸仁の存在が熊吾にとってどれほど有難いものであったか、ここは読んでいる人間にはたまらないところですよ。

宮本 : 僕、人生には、ある種の極意ってあると思うんですよ。その極意のとおり生きたからといって成功するか不成功かというのは、別の問題です。何を成功と言うかという問題になるんですが、けれども松坂熊吾は何か極意を知っていた人だというような気がするんです。

児玉 : それは思います。熊吾という人は、ひょっとしたら実業の世界に生きちゃったから動きがとれなかった。

宮本 : そうです。

児玉 : この人が芸術家だとか虚業の世界に生きたら、大変な人になったと思う。

宮本 : 松坂熊吾という人には「虚業指向」がまるでなかったような気がします。もしそういうものに知恵を使う人なら、このおっさん、また別の生き方をした。それに時代も、「実業」に一途に向かっていましたしね。

児玉 : 時ですよね。

宮本 : 虚業の世界でなら、ひょっとしたら天下とってたかもわからない。

児玉 : この人は例えば房江にいつも言わしめているでしょう。人より機敏な点でも、機知の面でも、それから策略、あらゆる面で人よりすぐれている。だから物事をパッとつかんで、八合目まではサッと行ってしまう。これはだれよりも速い。

宮本 : しかし、そこであと二合目登るのに大変な力が要る。そのときに、別な方法を考えるんですね。

児玉 : そうすると、一挙にふもとへ行っちゃうんです。

宮本 : 血ですねえ。私のゴルフ仲間が、あなたは、せっかくうまくいっているときにもっとうまくなろうとして今までのやり方を全部捨てるというんです。

児玉 : わかりますよ。経験が生きているようで一つも生きてない(笑)。それは僕自身にも当てはまることだから言ってるんです。絶えず違うこと、夢みたいなことを考えている。

宮本 : そのまま行きゃいいのに、もっと行こうと思う。そこで全部のはしごが外れちゃってドスーンと落ちて、また下から。

児玉 : 宮本さんが小説家以外で生活できたとしたら、これは大変ですよ。

宮本 : 何でそう思うんですか(笑)。

児玉 : しかし熊吾にはいい女性が集まってくるなあ。女房の房江は勿論ですが、今回、大阪で再会した踊り子の西条あけみもそうですね。

宮本 : 女に恵まれるってのは、男の幸福の中のほとんど50%を占めますよね。

児玉 : 男の読者というのは熊吾に対して大変な憧れというのを持つと思いますね。男としても、雄としても。だけど人間怖いのは、ゆえなき嫉妬というか……。

宮本 : 男の嫉妬は、怖い。

児玉 : 怖い。しかも世の中嫉妬に満ちていますよ。この人は天衣無縫だから……。

宮本 : 自分が嫉妬されているということを考えてない。

児玉 : この人は、意図的な、作為的なもので生きてませんから。ところが周りに集まるのは、全部作為のある人たちでしょう。僕自身も嫉妬という問題に対しては決して恬淡としてられない。変な話、俳優していながら、決して僕自身は人をうらやむつもりはないんだけれども、時々その裏返しで、自分の同期の人間たちがやっている仕事に対してフッと批判しているときがありますよ。これを裏返せば、やはり嫉妬かもしれないんです。そこら辺のところを熊吾は伸仁に絶えず言いますよね。

宮本 : 自尊心よりも大切なものを持って生きなければいけないと。これは僕自身、父から与えられた最大の言葉です。

児玉 : それは身にしみますよ。

宮本 : 年とらないとわからないですよ、これは。自尊心なんか捨てられるかって、若いとき思いますもの。でも自尊心と誇りとは違うんですよね。

児玉 : だけど、熊吾はつらくなってくるね。今回のこのお話でも、熊吾が全く意図的じゃないにせよ言った言葉が、物すごい遺恨を招く。

宮本 : 言った熊吾の方はそんなつもりじゃないのに。

児玉 : ある程度自分に勢いがあるときは、恨む奴には勝手にさせておけと言っていたのが、だんだん生命力が細り、自分の境遇が細ってくると、そういう刺が刺さってくるんですね。僕がミステリーと言ったのは、実はその部分で、彼らが熊吾に報復する、その心の裏にあるのは一体何なんだろうと。それは宮本さんには、もう見えていらっしゃるところでしょうけれども。

宮本 : 五十五歳の段階では。でもこれが六十歳になったら、また少し変るかもしれない。やっぱり完結しちゃだめですね。

児玉 : 完結しちゃだめですよ(笑)。もう永遠に続いていいじゃないですか。

宮本 : じゃ、ゆっくり書きます。孫が生れてから書きます。こうなったら、八部でも九部でも(笑)。

児玉 : ぜひ、お嬢さんが生まれてから。

宮本 : お嬢さんかどうかわからないんですけど(笑)。熊吾のひ孫で、ヒグマだったらどうするんですか(笑)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上

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