わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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本当の幸福の意味を教えられた光景

その文章は「心に残るとっておきの話」(潮文社)という、
珠玉の58篇の中で、
最初にお話として、載っています。

森下紀代美さんという、当時、看護師さんだった人が書かれている。

というのも、今ネットで「森下紀代美」と検索すると、
医学ライターという肩書で、同姓同名の方の文章が出てきます。
もしかすると、同じ人かもしれません。

その話は、
語学とホスピスを学ぶためロンドンに滞在中の出来事。

本当の幸福の意味を、
あの光景から教えられた、
そんな気がしてならない。
  という。

夕暮れ時、パークロワイヤルという駅まで、
森下さんは一人、小荷物を取りに行かれた。

そして、こうつづられている。


ホームの電車を待つ間に、
一つのの平凡な、でも忘れられない光景を目にした。

あたりは、すっかり暗くなっていた。

反対車線の電車が、ホームに停止していた。

私の立っている場所からよく見える窓に、
若い夫婦と、その間に子供が座っているのが目に入った。

貧しい身なりをしていた。

子供は二歳くらいだろうか。
質素な服を着ていたが、

白い肌に小さなピンクの口元が愛らしかった。

そのうち、お母さんの方がバックから一個のリンゴを取り出した。

子供の小さな口が、りんごにかじりついた。
無邪気に、嬉しそうに。

次にお父さんがそのりんごを受け取って一口かじる。
そしてまた子供がりんごにくっついた。

その次はお母さんが一口。

そうして三人は、
一個のりんごを幸せそうに三人で食べたのだった。

見ている私は、いつの間にか泣いてしまっていた。
まるで、そこだけマッチで照らされたように温かくて、明るい光景。

三人は貧しくても、それ以上にきっと幸せだ。

純粋に幸せな場面を見て、
それまでの張りつめていた心の糸が溶けてしまったのかもしれない。

涙がとまらなかった。


はじめて読んだとき、
その光景を自分もまた見ているかのような感覚になりました。
今も、読むたびに、その光景を想像することができます。

その子供は、私の中ではいつも「女の子」に映っています。

なぜ心に残るのか、、
私の場合、自分の家族に重ねてしまうからでしょう。

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