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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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一つの節目

昨日の昼、近所のガストで、石田ケンさんに昼食をご馳走していただいた。さしで二時間近く対話した。そんな石田さんとの対話は初めてだった。

わたしの状況を心配になられたようで、声がけしていただいたのだ。感謝。

石田さんは、わたしが信頼する学会人のお一人で、わたしは存念を語った。

この日、「新人間革命」の新聞掲載の最後の日だった。前作の掲載を合わせると50年の歳月に及ぶ長編になるわけで、、石田さんとの対話と重なり、記憶に残る日になるだろう。

石田さんは、リウマチなどの病気もどうにか克服し、仕事は順調のようで、全てはこの信心を中心軸にしてきたことによると言われていた。

この信心には、ヒッキョウ、ご本尊に向かって題目を唱える、そのことに深甚なものがある、とする簡潔さがある。日蓮大聖人はそのことを60年の生涯をかけて、ひろめられた。

創価学会はフレキシブルに中間を省いて、大聖人直結の信心で、今世紀中に、世界に広げようとしている、とわたしは見ているし、中華人民共和国が認容すれば世界で三億人のSGIは可能だと展望する。(ちなみに先生は周恩来に対して合法的な認容なく、布教はしないと約束した)

とりわけ大御本尊のことにふれた「新人間革命」の一節を見たとき、深くそう思った。

5495回、大道4で、池田先生はこう書かれた、その全文を載せる。

翌年七月二十五日午後、四国に草創の支部が結成されて二十二周年を迎えることから、その記念幹部会が四国研修道場で開催された。

この集いでも、四国の歌「我等の天地」を大合唱し、喜びの波動は広がっていった。

席上、山本伸一は、「阿仏房御書」(1304頁)
を拝して指導した。

本抄で日蓮大聖人は、「末法に入って、法華経を持つ男女の姿よりほかには宝塔はないのである。もしそうてあれば、身分の貴さや賎しさ、立場の上と下は関係なく、南無妙法蓮華経と唱える人は、その人自身が宝塔であり、またその人自身が多宝如来なのである」(通解)と御断言になっている。

宝塔とは、法華経に説かれた、金、銀、瑠璃など、七宝をもって飾られた壮大な塔である。

多宝如来とは、法華経こそ万人成仏の真実の教えであることを証明する仏である。

現実の世界で日々苦闘する生身の人間が、信心に励むことによって、そのままの姿で妙法の当体、すなわち宝塔として金色燦然と輝き、また、多宝如来として真の仏法の偉大さを証明していけるというのだ。

初代会長·牧口常三郎も随所に線を引き、深く拝していた御書である。

伸一は、そのあとにある、「阿仏房さながら宝塔·宝塔さながら阿仏房·これより外の才覚無益なり」の一節を引いて訴えた。

「ここでは、阿仏房を対告衆として、わが身そのままが妙法蓮華経の当体であり、宝塔とは、南無妙法蓮華経と唱える私たちにほかならないことを示されています。

これこそが、仏法の教えの結論であるといえます。したがって『此れより外の才覚無益なり』----“これだけ知っていればいいのですよ”と言われているんです。

本来、私たち自身が宝塔であり、大御本尊なんです。この己心の宝塔を顕現させるための生命の明鏡として御本尊がある。

ですから、いつ、どこにいようと、自分がいるところが宝塔の住処となり、常寂光土にすることができるんです。

なんの心配もありません」



この5495回は、学会がご本尊に対する新基軸を定めたころの新聞掲載であった。

後世の人たちよ、「大御本尊なんです」の「大」を決して消さないで欲しい。改竄してはならない。

池田先生は、学会の過去と未來において、究極の指導をされたのだ、と私は理解した。このような発言できる人は、これから先にも、現れはしない。究極の池田思想であり、人類への印綬に違いない。

50年前、1968年9月8日、両国日大講堂で行われた第11回学生部総会で、池田先生は「日中国交正常化提言」を発表された。

私は中学二年だったが、その聖教の記事を読んだとき、尋常でない身震いを感じた。
右翼に先生は暗殺されると思ったのだ。
日本全体が中華人民共和国に恐怖心をもっていて、正常化などあり得ないといった世論だったからだ。

実際にそういう動きは、車谷長吉の小説「塩壺の匙」の中で、池田大作を殺せという依頼の話が出てきていて、その名の登場にギョッとした瞬間、一気に中国提言の恐怖がよみがえった。

あぁ、そういえば1995年のオウムなんとか教からも、先生は命をねらわれていたな、、

とにかく、上記の、私たちにおいてコペルニクス的大転換の一節は、わたしにとっては、中国提言以来の身震いだったのだ。

余談を二つ

まず、初代会長の牧口常三郎に折伏された柳田国男は、学会の信心、唱題を「マジック」だと評し、全く宗教ではないと拒絶した。戦後も二代戸田城聖とも連絡を一切、たった。

思うに、マジックと侮っても結構だが、万人にとって、これに勝る仏事はない。

もう一つ、「人間革命」「新人間革命」を「信心の教科書」と現会長は評しておられるが、教科書という表現は、いかにも東大出の頭のいい人が思い浮かびそうなキャッチコピーに見え、私には違和感がある。
遠い昔、「現代の御書」と持ち上げていた福島某がいたな、、人間革命というタイトルだけで、十分であり、評価的コピーはいかがなものか。

ちなみに私は中国やフランスの革命という歴史的な出来事を賞賛できない。不幸な出来事とみている。なので、いつも「命をあらためる」ことと解している。

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