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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
TOP心にのこる文章 ≫ 森敦「生と死の境界」

森敦「生と死の境界」

作家 森敦は、私にとって「認識の師」である。他者に、コトバだけで説明できる稀有な文人ではないか、と思う。

掲題の文章は「わが青春 わが放浪」(福武書店 1982/7)に所収。

その肝心なところを、最初に載せる。
死とは、わたしが自分の生から、いずこへかと去るものではなく、生のほうからわたしが去られるものである。

すなわち、境界の属せざるところの領域としての この生なる内部が、いつしか境界の属するところの領域としての死なる外部になるのであって、それによってはじめてまったき世界をなすと知りながらも、この生を窺い知ることはできない。

ここにおいて、わたしたちのあらゆる認識がそうしなければならぬように、境界がそれに属するところの領域、すなわち死なる外部を、境界がそれに属せざるところの領域、すなわちこの生なる内部に創造し、まさに生の生たるゆえんを証明しようとする試みとしての、さまざまな生死観なるものが出てくるのだ。


なんのこっちゃ、と思われるだろう。

こんな死の定義を読んだことなんて、一度もなく、、難解。

「生のほうからわたしが去られるものが死」だというが、、意味不明。動きがわかない。

けれど、文章の全体を繰り返し、時間をおいて何度も読みかえすと、内部と外部そして境界という言葉が、徐々に、浸透してくるはず。

余談だが、
ずいぶん前に膀胱ガンで亡くなった松田優作は、生前、香川照之に、
「何でもいい。毎日何か一つ、同じことをやり続けろ」と言った。香川は事あるごとに、その言葉を周りに話している。

さらに余談。
紀伊國屋劇場のロビーで、青年座の定期公演だったか、高校時代の役者をしている友人、山本龍二に、香川照之さんは帽子をとり鄭重に挨拶されていた、それを間近に見たのだ。役者オーラを抑え、真摯な目で山本を見つめ、挨拶されていた。とてもいい印象をもった次第。

戻る。
ならば、冒頭の跋文を、毎日読むという作業も、アリではないか。いや、待て、それよりか、わたしの場合は日蓮仏法の唱題行こそが、松田優作さんへの応答となる。

それはさておき、掲題の文章を最初からコピペして、今後の、私見の深化に備えることにしたい。長いが、載せる。

「生と死の境界」

いまはもう記憶も定かでないが、法華経の「譬喩品」にこんな話があったと思う。

突然の出火に気づいて、高齢な長者は身ひとつで、ただ一つしかない門から逃れた。家はすでに猛火に包まれている。しかも、家には子どもたちが残っている。高齢な長者はあわてて引き返したが、子どもたちはまったく気づかず、身にどんな危険が迫っているかを叫んでも、遊びほうけて聞き入れようともしない。

そこで高齢な長者はいつわって子どもたちに、家の外にはお前たちの欲しがっている鹿の車がある、早くおいでと言うと、子どもたちはたちまち歓声を上げて走り出て来た。むろん、そこにはそんな鹿の車のあるべきはずもない。子どもたちが声を上げて不平を鳴らすと、高齢な長者は子どもたちをなだめて、それぞれ七宝で飾られた、象を与えたという。

救われて来たあの世に対して、いまだ衆生の執着するこの世を火宅と称するのも、おそらくこれに由来するもので、方便といえども衆生を小乗から大乗へ導くことにおいて、悖(もと)ることなきを教えたというよりも、衆生を小乗から大乗へと導くには、むしろ方便を用いざるを得ないことを教えたものである。

いまはしばらく子どもたちが中にいて、どうして家がすでに猛火に包まれていたかに気づかずにいたかに目を向けよう。それはただ子どもたちが遊びほうけていたというばかりではない。

じつは高齢な長者そのひとも、ただひとつしかない門から逃れるまでは、家がこれほどの猛火に包まれているとは思っていなかったから、子どもたちを残して来たとも言えるのだ。


わたしはよく放浪の人などといわれるが、じつは大中小の会社に勤めてはやめ、やめては勤めして来たのである。

しかも、その会社の大中小はただ外から眺めて言うことで、ひとだび中にはいって勤めてみれば、いずれも何ら変わらぬ大きさを持っていることに気がついた。
すなわち、いずれもこの世と同じ大きさを持っていたのである。「譬喩品」には、たしかこの火宅に百、二百ないし三百の人が住み、十、二十ないし三十人の子どもがいると仮定するという不思議な表現があるが、わたしの言わんとすることを暗示しているのではないかと思う。

外部から見れば、大中小とそれぞれ異なる大きさを持ちながら、ひとたび内部にはいれば同じ大きさを持つ。

これは内部と外部を分かつところの境界が、内部に属せず外部に属しているからではないだろうか。

さらに言葉を換えて言えば、内部とは境界がそれに属せざるところの領域であり、外部とは境界がそれに属するところのの領域であるからではあるまいか。

内部は、境界がそれに属しないところの領域であるから無限であり、無限であることにおいて同等であるものの、境界がそれに属するところの領域(外部)からこれを眺めれば大中小それぞれ異なった相貌を呈して来るのである。

こうした境界の所属による領域の分類は、すでに数学等にあっては、なんら疑いもしない普遍した考えであって、このようにして境界によって内部と外部を接続させ、はじめてまったき世界をなすということができるのだ。ちょうど、わたしがいまここにあるコップを手にとって、このコップとコップ以外のものというとき、すでにまったき世界をなすように。




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