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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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信心の断想、我見と言われて

このブログは備忘録というネライのみで、書いているのだが、どうやら作家森敦の「意識の変容」のような意味合いも、求めて書いている、、のかもしれない。

心の中に、橋頭堡(キョウトウホ)を作ろうとする作業なのだと。

21日の土曜日の夜、稲葉ショウイチさんという一歳上の人と、約二時間対話した。

いわゆる学会の幹部指導という機会で、ある切迫した事情から、強いすすめがあり、ならば迫力のある「稲葉さんを」と指名して来ていただいたのだが、、

稲葉さんは、関西の名門高校の出で、重篤な脳梗塞を克服した人、昭和の学会人の空気を漂わせた人だったので、一度さしで対話したいと思っていたからだ。

ひょっとしたら鎌倉時代にも、烏帽子姿で、おられたかも知れない。

さて、私の身の上をお話すること45分くらいか、都度確認されながら聞いていただいたが、その後、私を「我見の人」と評価された。

ひとまず、その通りとうなずいて見せた。

だが徐々に、はぁ、という気持ちも強まって行った。私はかなりニュートラルな人間と位置づけていた、からだ。

おまけに、うまく言えないが、落としどころ、筋書きの結末が見えてしまった。ライターは私に指導をすすめてきた人、、だった。なんだかな、、

それにしても、いったい、我見のどこが悪いという歯向かう表情をしていた、、と思う。もう、この類いの指導はご遠慮しよう。

対話を終え、丁重にお礼を申し上げた。
常不軽菩薩をイメージしながら。

牧口常三郎という学会創設者にしても、価値論という我見をきわめて、日蓮仏法に到達したわけだし。

戦後、戸田先生は価値論に蓋をするようにされたが、牧口先生の思想遍歴の努力があったからこそ、今日の礎が築かれたのだ、、と思っている。これって大事な視点なはずだ。いわば牧口先生の思考の橋頭堡の積み重ねか、、

話は飛ぶ。私見だが、
創価学会の信心は、PCのOSように、ご本尊というOS への働きかけであり、各人が自由に心を鍛え上げていけば、いいものであるに違いない。

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