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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
TOP生死と人生の記憶 ≫ 西部邁と高畑勲、生死のそれぞれ

西部邁と高畑勲、生死のそれぞれ

1.西部邁さんの自殺幇助で、いわば弟子筋の会社員二人が逮捕された。

西部さんが懇願され、やむなく助けたのだろう。なぜなら、犯人の一人、青山忠司という人は「先生の死生観を尊重して、力になりたかった」と供述した、というからだ。

追記(4/20)
上記の供述は、窪田哲学さんの言葉だった。

もう一人、窪田哲学という人は、同日未明に西部さんと新宿区内を歩いていた。その姿を防犯カメラがとらえ、捜査一課が任意同行を求め、供述をもとに逮捕したようだ。

おそらく、二人とも勤務先との雇用関係は、解雇を余儀なくされるだろう。
ふと、三島由紀夫の腹切りのときに介添えした森田必勝を思い出した。

西部さんには、法をおかしても実現すべきものがあるというコトバを「友情」という本のなかで、述べておられたような気がする。

しかし、人を不幸にさせておいて、その上で、満足な事をなす所業は、善悪を問われれば、やはりそれは悪だろう。

西部さんの病が進み、更に手足不自由になって、ベッドから立てなくなっても、生きねば、自身の60兆細胞に申し訳ないだろうに。

ALSや筋ジストロフィーの人たちの生き方を引き寄せて、考えていただきたかった。


2.ジブリの高畑勲さんが肺がんで亡くなった。82歳。西部さんより3歳上だが、60年安保闘争のとき、同じ東大出だから、あの疾風怒濤の中で生きていたわけで、、

たぶん二人は出会ってなんか、いないだろうが、やがて、右に舵をきった西部邁さんと、
左翼系のスタンスを続けた高畑勲さんとの違いに、人生の綾、感慨深いものがある。

樺美智子さんは、60年安保のとき、国会議事堂の前で圧死されなければ、80歳になられていた、かもしれない。

ちなみに、西部さんと樺さんは二度くらい対話をしたらしい。

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