わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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長女は区立中学へ

今朝の俳優、大杉漣(66)さんの死は驚いた。急性心不全らしい。わたしの高校仲間が、大杉漣さんとサッカーをしていたことを思い出した。突然すぎるな、、66歳は直ぐやって来る年齢だ。

本題、小学6年の都立中高一貫校の受験は不合格に終わった。壁は高かった。その試験前にトレーニングとして受けた私立中学は合格したが、すぐ区立中学へ進学することを決めた。

悔しいだろうが、高校受験の覚悟ができ、本人がよし思えれば、それで、いいのだ。

受験指導をした塾は、不合格で公立中学に通う生徒に対して1年間授業料をただにする決まりなので、引き続き通うことになった。

そういう生徒が多いのかと思いきや、長女を含め3人ほどしかいないらしい。都立中を不合格になった児童の多くは、長女も受けた私立に通うようだ。なんと、制服がかわいいということも、選択する理由の一つらしい。

思い返せば、模擬試験で一度だけ付き添ったが、そこは中野区の佼成学園で、感慨深い見学だった。

環七沿いにあるその地は、昔から通るたびに異様な建物に、ややギョッとした気持ちになるところで、そこを、初めて歩いたわけだが、、長女の付き添いでもなければ、まずは行かなかっただろう。

ただ全体として寂れていて、閑散としていて、1960年代の活気はなかった。長い間、高校吹奏楽部の甲子園といわれた普門館は老朽化のため、利用されてないらしい。たぶんここの建物群の維持費が大変だろうに。中央集権的な建物の大型化の時代は、終わっているんだなぁ、と感じた。

そして、あずき色の殿堂?の中を覗いた。内部の空間は想像したより小さかった。椅子席で500くらいかな、、エントランスの中央に賽銭箱があり、中に、金色の仏像が立っていて、これが本尊なのかと、すこし唖然とし、思わず微笑んでしまい、「こりゃ、もう終了だな。もとよりここには何もない」とつぶやいた。

すると、3人の若者が入っきて、賽銭して合掌し、今は亡き教祖の名前を呼んでいた。真剣な表情で、、

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