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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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佐高信の貧乏物語

評論家佐高信の話は、ほとんど耳を傾けたりしないが、、彼の思い出話で、次のような出来事があったようだ。オムニバスの「私の貧乏物語」(岩波書店 2016/9)

貧乏ということを考える時、もう一つ忘れられないのが中学時代の一場面である。

同級生に成績のいい小柄な女生徒がいた。家庭が裕福ではないので、就職することが決まっていた。その後、いわゆる集団就職で上京したのだと思われるが、ある時、担任の教師が、進路志望の調査だということで、進学か就職かのどちらかに手をあげさせた。

その時、彼女は進学に挙手したのである。
驚いた担任が、
「キミは?」と問い返す。

「だって希望でしょう」と
彼女は手を挙げ続けた。

そう言って担任を見返した彼女のキッとした表情が私は忘れられない。

当時、高校への進学率はどのくらいだったか?
たぶん、その先の大学へは10%くらいだったのではないか?

私は魯迅の「故郷」などを読むたびに彼女のことを思い出す。道と同じように希望も、もともとあるものだとも言えないないし、ないものだとでも言えないのである。

時代の貧困と格差の体験が、いまの私の思想の基底となっている。
 


佐高氏は1945年生まれなので、この出来事は1960年頃だろう。上野駅に到着した集団就職の中学卒業生のニュース映像を思い出させた。

ところで、、佐高氏に思想なんて、あるのかな、、

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