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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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続、街並みの変容

ひと月ブログをしないと、広告が冒頭に現れることは、ひとのブログを見て知っていたが、、何だかその光景は自分が死んだみたいに見えてしまい、まだまだ、という気に。

今さらだが、本地を名乗り上げることに、、しよう。二つの大病を克服した63歳の今が、「まことの時、」と見定めた次第。

本題。仕事から自転車で帰ってくるとき、長女が通う小学校の前の道路をはしり、左にカーブすると、4本の高い杉木が見えていた。300坪はある林邸の杉の遠景が目に入るのだが、それが昨年暮れに、消えた。所有者の林さんはそこを売却されたのだ。

林邸はこの地域の創価学会の座談会場として、半世紀以上の長きに渡って、提供してくださっていたご夫婦の家だった。草創の学会人。 

ともあれ、創価とは価値創造の意味で、なんだか不思議な名称の、第二次大戦前、1930年11月18日に始まる在野仏教の団体のことだ。もうじき90年になる。

林さんのご主人は、大手百貨店に衣類系の納品を代行する仕組みを構築し、事業化して高度成長の波に乗った人だった。

去年8月、仕事のお客さんで、林さんの会社に勤務していた人と会食をした。知らなかったことが多々あった。

栄枯盛衰、どうやら会社は大手の運輸系の会社に吸収されたらしく、、おそらく自宅の売却も、それと関連性があるのだろうが、、地域の方たちにたずねたりはしていない。それは、無礼だろう。

ただ、思い返せば、林さんの表情を何度かお見かけしたときに、たそがれた感じがしていた。お話しをしたことはないが、何度か目があい、その境涯を感じとっていた。

一瞬のアイコンタクトが、無言の対話を形成する場合も、時にはあるものなのだ。いずれにせよ、人生の始末は、難儀なこっちゃな、、

わたしの、学会の中での立ち位置は、うまくいえないが、「無冠のシンガリでいく」と決めている。

政治へのコミットメントは好きではないし、学会歌も正直言って、苦手だ。ただしこれは批判ではない。

よく言えば高揚感、揶揄すればお花畑のような論調とはいささか距離のある語りかたしか、できない。それが、わたしの本地なのだ。

さらに言えば、大勢を前に話したりするようなマス志向ではなく、目の前の人とのパーソナル志向でいくと決めている。まぁ、妙な人間なのだが、こうした態度であっても、その地が変容していけるものと信じている。

そのうちに「内から見た創価学会」というカテゴリーを置くことにしよう、、

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