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わが動的平衡とレジリエンスを信じる自立への橋頭堡

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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種々雑感

2018年はじめての記事になる。

1.今朝は、3歳になる次女が、発熱があり、一日私が看ることに。1月下旬にインフルエンザA型に罹患したので、今度はインフルエンザB型かもしれない。よく指しゃぶりをするので、かかりやすいのでは、と思っている。

(追記)2月13日、次女はやはりインフルエンザB型にかかっていた。

二人だけになっても、私は、ほとんど感情をあらげたりしないので、次女は安心しているようだ。

溺愛で向かいあっている。次女にとって安心感は大事だと見切る。ただし、長女のときと同じように、大人と変わらない話しかけ方を、意識している。

2.先月21日の日曜日、多摩川で自死した西部邁(すすむ)氏のことが気になっている。影響力ある知識人?として、1970年11月25日の三島由紀夫の割腹自殺以来の出来事と思っている。

半年くらい前から、何気なく、土曜日朝の西部さんの番組の録画を、ときおり漠然と眺めていたので、、ある種の感慨がおしよせてくるのかもしれない。

左から右へのシフトしていった人、日本の核保有を当然のこととしていた人として、くくっていたが、同じように左から右に旋回した清水幾太郎のようなアジテーターではなかったと思う。とりわけ対話を大切にされていたことに共感していた。さらけ出す人で、語るにあたいする人だ。対話しながら若い言論人を育ているんだなとも、感じていた。

3.西部さんは、もうこんな国はイヤだ、じきに自裁する、と幾度となく発言していた。なので、有言実行したんだな、と。

第二のふるさとは奥さんとも、言っていた。4、5年前に、その奥さんが先立つことがなければ、生き続けておられたかもしれない。すでに何がしかのがんで、病んでおられ、病院で死ぬことを忌避されていたので、たぶん、その自死は公憤ではなかったのだとも、感じている。

4.その出来事の少し前に、山本七平のすい臓がんの最後が綴られた家族と共著の本を読了していたので、宗教的なものの有無、家族とのことなど、対称的な感じがしてならなかった。やはり、自死は、尋常でないし、、幸いなことではない。

宗教そのものを「一秒たりとも」信じたことはないと、西部さんは繰り返し言っていたが、、人体60憶の細胞が流転する量子力学的な視座からみると、サムシンググレートを信じない理性はなんと表層的な捉え方なのだろう。がんを内部から知ろうとすれば、また違う人生観があらわれてきたのにな、、

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