わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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公共圏と政治家の立ち居振舞い

1.半年前に、工事解体会社に入っていたEさんが、28日の金曜日に、退職してしまった。そういう気配はあったが、先を越された感じだ。さて、どうするか、、

2.このところ、首相をはじめとして、政治家のテイタラクを国民の私たちは、見せつけられ続けている。かれらは、国民の税金で、食べている人間たちだ。

3.公共圏という言葉がある。検索すると、こうある。

公共圏(こうきょうけん、ドイツ語: Öffentlichkeit、英語: Public sphere)は、ドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマス、フランスの哲学者ルイ・アルチュセール、ミシェル・フーコーなどヨーロッパ大陸の哲学や批評において盛んに使われる概念で、私圏(または私領域)の対語。人間の生活の中で、他人や社会と相互に関わりあいを持つ時間や空間、または制度的な空間と私的な空間の間に介在する領域のこと。公共性と訳すこともある。

安倍晋三氏が盛んに使われた「李下に冠をたださず」でいえば、公共圏は、李下にあたる。

4.もう一つ,法律用語で、外観主義という言葉がある。
それは、「外観と実体が一致していない場合に,外観を重視すること」をいう。 

上記の諺で言えば、冠がずれてもなおしたりせずに、李下にいることだ。

5.二つの言葉を自己流に使って、わたしは思う。

公共圏にたった人たち、典型的な例は政治家だが、そうした人たちは、外観主義をとことん遵守しなければならない存在なのだ、と思うのだ。

6.「わたしたちは一線を越えていない」と弁解する政治家の男女がいたが、思わず、笑ってしまった。そんな話聞きたくない。モラルも問わない。

そういう「負の外観」を作った事実こそ、問われなければならない。


そうした人たちは、公共圏に立っていることを自覚して、いったんは辞めて、再び、選挙民の審判を仰ぐべきではないか。

7.安倍晋三氏も、例外でなく、大きな「負の外観」をかかえ、かつその自覚がない。加計孝太郎氏と請託のようなものは一切ないと言っても、一年間で十数回のゴルフは異常であり、その件の会話はなかったとしても、、だ。

わたしはどちらかと言えば、安倍晋三氏の言葉を信じたいと思う人間だが、「負の外観」は払拭できない。還暦すぎ男同士なら、ゴルフの最中、話題にしなくたって、阿吽の呼吸で、認識しあえるものだ。でなければ、そんな地位に立てない。

安倍晋三氏の言動は、外観上、「わたしたちは一線を越えていない」と大差ないからだ。

もし本当に、国民目線を受け止め、支持率のダウンを止めたいなら、加計孝太郎氏とともに記者会見を開かれたほうがいい。

8.この国の不幸は、野党に政権担当能力が、全く、ないことだ。さらに、自民党の中を見ても、石破茂氏の一連の言動も、総理にふさわしくないな、と感じた。

単なる推測だが、石破氏は、やがて国政に出てくる都民ファーストと連携するのではないか、第二自民党はあってもいいかもしれない。

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