わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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都議選とか政治の話

1.米国にとって建国記念日である7月4日に、北朝鮮がICBMミサイル打ち上げに成功したようだ。

2.昨日は、東池袋の劇場で行われた芝居を見た。友人が出ていたから、いやいや、疲れた。戦中に、兵役拒否をしたキリスト教徒の青年を中心に話が進むが、全く私の腹に落ちなかった。

3.都議選の結果に対する一私見をつづる。こんなこと言うのは私だけだろうが、、

いやが上でも、23人全員当選した公明党は都議会与党の中核になった、と見る。理由は、
①まず都民ファーストの当選者は「小池都知事ファースト」を優先するだけで、東京都の公務員の人々と、実務で、どれだけ渡り合えるか、全くわからないからだ。50人のうなずきマンが生まれただけかもしれない。
②小池氏は、思いつきの人、それが真骨頂、、だけの人だ。これからも、神輿の乗って思いつきを語る可能性が高い。
いったい大風呂敷をいわくのは誰だろうか?たぶん、小池氏は公明党に依存してくるだろう。
③その公明党のキーマンは、ズバリ、東村都議会幹事長だ。公認会計士・税理士が生業で、公明党嫌いの石原慎太郎が東京都の公会計に手腕をふるった東村氏を高く評価していた。開票と同時に、党内で一番早く当確で議員だ。これからの4年間、東村氏は大車輪で働くだろうし、その哲人政治ぶりに都民は期待していいし、彼の言動を、注意深く、チェックして欲しい。
1971年に開学した、わが母校の人的成果の一つ象徴になるだろう。

たしかにわが母校から公明党の政治家になった人々は相当いるが、東村氏はダントツに、優れている。会ったことはないが、わかるのだ。

余談だが、東村氏があらわれる前の、公明党のキーマンは藤井富雄という人だった。かつて、清濁併せ持つ政治家と週刊誌に書かれていたと思う。藤井氏は、自民党の、あの千代田区から出ていたドンと渡り合っていた都議会公明党の幹事長だ。

一度だけ、東中野から大久保に向かう総武線の車内で、藤井氏に遭遇したことがある。面識はないが、互いに数秒見つめ合った。わたしは目礼して、大久保でおりた。思いのほか、澄んだ眼をしていた。あぁ、人物だなと感じた。

いじれにせよ、国政も都政も、公明党の責任は重くなった。公明党に多少、縁のある人間として、注意深く見守っていきたい。

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