わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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さまざまな断想

1.つらつら思うこと、、
正岡子規の「病牀六尺」を敷衍して、実は、私たち普通の人々の、日常生活においても、広がりと流れのある世界を持っている。それはTVやネットを見ることと同じではない。もっと内在的なものだ。

2.赤羽雄二「ゼロ秒思考」によると、、
その思考は「メモ書き」によって思考と感情の言語化をトレーニングすること。誰でも、どこでもできて、お金もほとんどかからないシンプルな方法だという。ま

具体的には、A4の紙に1件1ページで書く。ゆっくり時間をかけるのではなく、1ページを1分以内にさっと書く。毎日10ページ書き、フォルダに投げ込んで瞬時に整理する。それだけで、最も基本的な「考える力」を鍛えられる。

さぞかし、習得したら膨大なA4用紙の山になるのだろうが、そうすることで、深く考えることができるだけでなく、「ゼロ秒思考」と言える究極のレベルに近づける、、
のだと言う。

こりゃ、いわば「メモ道」だな、

メモの早書きを習慣化、それをすすめているわけだ。前に、ブログに取り上げた前野隆司さんの受動意識仮説に通底する。無意識を整える方法として、メモをとることをすすめていると見た。

3.かつて、大熊信行(1893〜1977)という経済学者がおられた。わたしが、はじめて大熊先生にお目にかかったのは1973年4月、、大学の入学式だった。壇上最前列に座られて、大学創立者の講演を聞いておられたのだが、手帳に書き込む姿をずっと続けられていて、他の教授陣とは明らかに雰囲気が違っていた。何を書いているのだろうと、不思議に思ったものだ。

もしかしたら、その姿も、ゼロ秒思考みたいなものだったのかもしれない。創立者の言葉を、聞き書きしている感じではなく、俳句か短歌か、書き連ねている感じがしたのだ。あの姿は虚心坦懐で、空に浮かぶ言葉を拾い上げていたのかも、、

しかしながら、あるとき、大熊先生はこんなことを学生たちに言われた、という。「君たちは創立者の偉大さに魅せられて入って来たのだろう、、だがね、本当の意味で、、その偉大さは、てんで、分かっちゃいないだろうな」と。

4.結局、ここで何が言いたいか、、諸法実相というか、虚空に浮かぶ言葉をつかみとり、それが内在することを確かめたい、、そう思うのだ。大腸がんの予後は、そういう作業をしていたのだ、と思う。健康になった今、経済的な、なりわいにおいて、今一度、それを確認したい、、あぁ全然、うまく言えてないな、、

5.先週金曜日に高田馬場で、久しぶり、仕事上の知り合い46歳のK氏に会った。20分ほど対話だったが、いろんな情報が見え、聞こえてきた。言葉にしてないこともわかってくる。彼が発するエネルギーはかつてより数段上回って感じられた。正直、うらやましかった。



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