わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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C型肝炎SVR1年後の経過観察

1.この半年のうちに、体重が68kgになっていて、5kgは増えた。だが、炭水化物ダイエットや一日一食とか、無理なことは、もうしない。贅肉が筋肉に変わるならば、痩せなくていい。痩せていると、縮みだすのがはやまるのではないか。

2.昨日、3ヶ月ぶり、市川の国府台病院に行った。保育園の送りとか、何だかんだで9:05に出て10:40到着。今迄ずっとエコーをやっていただいていた女性の是永先生はおられず、大澤先生という方だった。4月から代わったのだと。

村田先生もおられないし、あらためて、C型肝炎治療の歯車が回った感じがした。

今まで指摘されていた胆のうポリープは「今回は確認できない」と大澤先生はコメントされた。

すい臓がクリアに見えるらしいので、前回と同様に、エコーの前にミルク紅茶を飲んでいたが、それがかえって、胆のうを縮めることになり、よく見れなくなるようだ。次回は、何も飲まないようにして、検査に臨む。

エコーの結果は問題はなかった。フィブロスキャンは6程度、問題なし。

3.12時ころ、青木先生の診察。採血結果は、問題なし。「もともと、あなたは軽かったから」と言われた。そうだな、と思いつつ、かつての全身倦怠感を思い浮かべ、(あのダルさは決して軽くはなかったのに、)と、遠くを見つめる感じになった。次回は10月3日で、エコーはやらないで済む。コスパは、ありがたい。

アルブミン 4.7
AST 18
ALT 13
γGTP 13


このところ毎日 、青ラベルの金麦220mlを1缶飲んでいるのに、まぁ、何という正常値なのか、、少し驚く。

ハーボニーを飲み終えてから1年4ヶ月がたち、あらためて、わたしのC型肝炎はこれでひとまず、治癒した!と「安全宣言」しよう。

4.そこで、青木先生にこう尋ねた。
「C型肝炎患者がSVRになったあと、再び感染する割合は?」と。

すると、「かれこれ、肝臓専門医として15年やっているが、再発した症例は二人だけで、、二人とも」と言いながら、左腕に自分で注射する仕草をされた。

「その、、注射って、何ですか?」

「シャブ注、です。なので、普通の生活をされてる人は、まず、、再び感染することは、ないと思いますよ」と言われた。

こころ強いお言葉で、この日一番の収穫だった。

5.昼ごはんを初めて千葉商科大学の学食で食べた。床も天井も、ウッド調で洒落ていて、学生の皆さんは満足そうに見えた。1996年以降に生まれてきた人たちばかり、なんだか幼い感じがして、、当たり前か、わたしが老いているだけなのだから。

テーブルに置いていたKindleで正宗白鳥「入江のほとり」を、食べながら読み終えた。戦前の瀬戸内の家族、一人愚直に独学で英語の勉強する男の話だったが、尻切れトンボで終わり、だから何?という感じだった。小林秀雄は正宗白鳥をリスペクトしていた。

学食のメニューは、セットで450円のものと550円のものと二通りあったが、前者は終了してたので、後者を頼んだ。鳥肉系、美味しかった。次回も来よう。

6.千葉商科大学のキャンパスは思いのほか広いが、道路をはさんで、となりにそびえ立つ和洋女子大の学舎から見下ろされているのは、関係者でないものの、愉快な気がしない。

和洋女子大は、看護学部の設置を申請しているようだ。市川駅プラットフォームの広告看板で知った。看護師不足といわれている。需要がある看護学部の創設はブームかもしれない。

7.何気に、市川から飯田橋経由で有楽町線で帰った。ふと、飯田橋て寄り道したが、そこでもまた、いい情報が取れた。

自分に向けての断想
おもしろいもんだ、、うまく言い表せないが、、
何かいいことがあったら、そう感じたのなら、上げ潮と見切って、それに上乗せする行動をとること、一気呵成、これが人生のアヤというか、、一瞬の意思というか、紙一重の選択というか、人生の機微になる、というのが現実なのでは、、と思う。華厳経に「心はさながら、匠なる絵師の如く」とあるが、そんな大仰なものではなく、普通に起きる一瞬の意思が、、そういう心の連鎖が、人生なのだろう。常に、自分の心を、上中下、左中右、と吟味しよう。

6月16日追記、飯田橋マターは「お断り」の通知が来たが、、負け惜しみでなく、これでよいと、今、思っている。他の行動に向けて、思考の整理になったし、足がかり、踏み台になったからだ。


8.おととい、山口果林「安部公房とわたし」をパラパラ読みで、読了した。思い出したこと、1991年だった、前職にいた頃のことだが、山口果林さんが自宅マンションのリフォームした。そのときの、室内写真を見たことがあったのだ。モノトーンのような感じがした。安部公房のために、リフォームしたんだな、、

安部公房は前立腺がんで睾丸摘出していたが、心不全で亡くなられた。


ボロボロになるまでに着古した綿のシャツが、いま、穴があいた、、もう限界、捨てよう。

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