わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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脳溢血のDさんのこと

今夕、Dさんが脳溢血で緊急入院したという知らせが入った。先週15日の日曜午前中に、元気な声を聞いていただけに、メールを見ても、にわかには信じられなかった。Dさんは、わたしの地域の、ある意味リーダー的な存在で、、愚直、ひたむきな人だ。

病院に駆けつけた木村氏に、確認の電話をした。出血が止まったかどうか定かではなく、余談はゆるさない状況が続いていた。木村氏は、奥さんと会い、病室に入った。お子さんは女の子で、まだ小さい、この4月に小学1年生になる、、涙が出た、と知らせてくれた。

この試練をどうとらえたら、いいのだろう。いまは、その意味が、、まったくわからない。なんの落ち度がD氏にあったというのだろうか、、と問いたくなる、、

いや、落ち度は、あるな、、肝炎と直腸がんと二つの大病してきた目から見ると、Dさんは自分の身体をケアしなかった落ち度は、やはりあるな、用心が足りなかったと思えてきた、、さいさん励んできた自家薬籠中の、無意識を整える力を省察していれば、この事態は回避できたのではないか、、と。

Dさんは50歳くらい、どうやら日常の血圧180くらいあり、降圧剤は服用していなかったようだ。このところ頭痛が続いていたらしく、十分兆候があったようだ。無意識から意識への働きかけはあったはず、、気づきの有無、、結局は医者に行こうとしていなかったことが、この事態を招き寄せた。

看護師の家内に話すと、24時間たってこうした状況だと回復は厳しい、、と言っていた。

Dさんは、水面上の、意識の世界に出られず、あつい氷がはられた水面の下、無意識の世界に、今、いる。

あえて、、きっと、そこには光が見えてくるはずだ、、その暖かい光がある方に近づいていって欲しい。どうやって、、自家薬籠中のオールを使って、漕いでみて、欲しい。

たまたまだが、26日のその時間、私は沼袋の依頼人宅で、遺言公正証書の作成に立ち会っていた。依頼人の二人の子は、脳溢血で倒れている。部屋にその遺影があり、なんて無情なのだろう、非業なのだろう、と見つめていた。

人生は、無意識の知らせに気づくかどうか、、とても重要になる。

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