折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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ザバスを始めた

諸事雑感
1.今日から明治のプロテイン、ZAVASを飲み始めた。痩せたくない。筋肉をつけ、縮むのをできるだけ遅らせるのだ。

2.最後のワンルームMの売却ができそうだ。引渡と決済は1月末になる。これで、わたしの肝炎ナラティブは終焉となる。どんな繋がりがあるのか、、前に書いたのでくりかえしは書かない。不治の病い、業病に対する怒りがベースにあった。褒められるような動機ではない。

3.断想を。魔は、がんとおなじで、他者でなく自分の内部に自生する。また、鬼はいる。鬼はウィルスのように外部から入り、増殖を繰り返す。数年前に中国地方、島根県でおきた猟奇的殺人事件、未解決だったが、容疑者は自分の母親を巻き添えにして、交通事故死した。容疑者の写真を見て、顔はわるくない、、やっぱ、鬼はいるなと感じた次第。

3-1.今、「100分で名著」で中沢新一(1990年代の、不可解な宗教学者だったはずが、人類学?者を語っていて違和感あった。また、いとこと顔が似ていることに気づいた、、)がレヴィ=ストロースの「野生の思考」を取り上げている。呪術的思考を侮ってはならないと指摘していた。つまり、魔や鬼をイメージしていて、一向にかまわないと見切る。「野生の思考」にはこう書かれている。

「すなわち、呪術的思考や儀礼が厳格で厳密なのは、科学的現象の存在様式としての因果性の真実を無意識に把握していることのあらわれであり、したがって、因果性を認識しそれを尊重するより前に、包括的にそれに感づき、かつそれを演技しているのではないだろうか?そうなれば、呪術の儀礼や信仰はそのまま、やがて生まれ来たるべき科学に対する信頼の表現ということになるであろう。」

「それゆえ、呪術と科学を対立させるのでなく、この両者を認識の二様式として並置する方がよいだろう。」


4.高校の仲間から、28日に会わないかと誘いがあった。京都からこっちに来るひとがいる。そこでアベちゃんにラインしてみると、その日はディズニーに行くとのこと。残念、またの機会に。そういえば、30日は恒例の忘年会が、鳥みきである。ホントに、あっという間に1年が過ぎるな、、

5.YouTubeで、最後のスマスマを少し観たが、タモリの立ち居振る舞いは、見事だった。赤塚不二夫への勧進帳のような弔辞をよんだタモリを思い出させた。木村拓哉の顔は、明らかに精彩がなかった。今は耐え忍ぶしかない、そういう顔だった。たぶん、ドラマは大コケする感じがする。

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