わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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カストロとスリーパーズ

昨日、キューバのフィデル カストロ前議長が、90歳で亡くなった。賛否はあるが、20世紀の最後の革命家だったと思う。銅像などの顕彰は拒否し、無冠のまま、亡くなった。

1996年6月、わたしの大学の創立者は、ハバナの革命宮殿で、カストロ議長と会見した。その写真が記憶に定着している。議長は私服のスーツ姿で、満面の笑みなのだ。二人の間に、文化大臣が立っておられたが、彼も、子どもように愛らしい、笑顔で写っていた。創立者が、何がしか、、たぶん服装についてだと推察するが、、言葉を発して、呼応するような笑顔に包まれた、、そう読み取ることができる。

創立者は、ストンと相手の中に、自然と入っていかれる。不思議な人だ。人材育成や政治哲学などが話されたとあるが、おそらくは、そんな鯱鉾ばったものでなく、共戦の友の、愉快な語らいだったろう。

その会談は3時間くらいかかり、深夜に及んだので、議長の体調を気遣い、創立者はお別れをした。が、その後も、カストロ議長は側近の人たちと午前2時か3時まで、歓談していた、という。

映画「スリーパーズ」だったか?5人の少年たちが、刑務所で虐待され、大人になって復讐する映画がある。復讐を遂げたあと一夜かぎりの宴をもったのだが、、そのことが重なった。

創立者は、チェ ゲバラと同じ1928年生まれだ。革命の流血と無血の違いは大きいが、カストロはそのことを分かっていたと思う。カストロ議長は、ホセ マルティを師と仰ぎ、行動の軸にしていたからだ。


スリーパーズで間違ってはいなかった。検索すると、、

あるいたずらが原因で過失傷害を問われ、少年院に送られたロレンツォ(シェイクス)、マイケル、トミー、ジョンの4人の少年を待っていたのは、看守たちからの性的虐待だった。圧倒的な暴力を前になすすべもなく、少年たちは心に深い傷を負う。

ある日の院内のフットボールの試合中、リーダー格でギャングの息子であるリゾを引き込み、日頃の虐待の恨みを暴力で晴らすが、その後リゾは「殴る場所がなくなるまで」殴られて死んだ。

やがて成人した4人のうち、トミーとジョンがレストランでかつての看守であるノークスに出会い、射殺してしまう。検事補になり、今事件を担当することになったマイケル、新聞記者となったロレンツォは2人を無罪に、そして少年院であった虐待を公にすることを誓い、奮闘する。

まず、呑んだくれの弁護士スナイダーに、マイケルが密かに用意した台本どおりに弁護をさせ、裁判に証人として出廷した元看守の1人であるファーガソンに虐待があったことを認めさせる。次に、もう1人の元看守はリゾを院内で撲殺したことをギャングの兄に密告され、射殺される。残りの1人で現在は刑事となっていた男は、ロレンツォの密告によって収賄と殺人の容疑で逮捕される。

レストランにいた客が2人を見たと証言した不利な状況で、ロレンツォは4人をよく知るボビー神父に聖職者は嘘をつかないと知った上で偽の証言をしてほしいと懇願する。少年院であった出来事を幼馴染のキャロルや神父に打ち明け、数週間後、神父は出廷し、事件当夜は被告の2人とバスケットボールの観戦をしに行っていたと偽の証言をする。

看守への復讐が着々と進み、残るは無罪判決のみ。判決は無罪。その後、4人とキャロルは祝杯をあげる。これが5人が集まった最後の夜となった。


追記、フィデルの遺体は火葬された。

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