折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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1980年の夏の思い出

1.俳優 平幹二朗さんが自宅の浴槽でなくなっていたようだ。82歳。ご長男の岳大さんが発見した、という。健康管理に注意さるていて、よく歩かれているとチラッとテレビで見た気がする。現役であり、今も仕事が入っていたという。大河の「国盗り物語」の斎藤道三が記憶に残っている。

1-2.わたしの姉が、あるとき新宿の方で、平幹二朗さんとエレベーターで一緒になったことがあった。二人だけで、そのがっちり体躯を見上げると、目があい、かるく会釈したら、平さんもそうされたという。そして1階に着き、扉があくとサッと歩きだされ、瞬く間にいなくなった、その速さに驚くばかりだったと言っていた。

2.思い出を一つ、、1980年夏の軽井沢で、レイクニュータウンという場所だったが、佐久間良子さんと二人のお子さんに会ったのだ。たしか双子で、就学前の男の子と女の子だったと思う。男の子が岳大さんだ。夫婦が離婚する4年前の夏だろう。たしか、プロテニスプレイヤーの渡辺功さんもおられた。

3.その頃知り合った、たしか横山さん、野口さん 、平田さん、中一番とか名前が浮かんでくるが、1,2時間、遊びみたいなテニスをやったのだ。渡辺さんが佐久間さんにテニスを教えられているところに加わったのかもしれない。もう定かでない。佐久間さんは、凛とした感じで、大きなサングラスをかけておられていたので、きれいな方だったのだろうが、目をみることができなかった。ただ、そのポッコリしたお腹が記憶に残っている。もう77歳になられているのか、、月ひの流れるのははやいものだ。

4.わたしは25歳だったが、空虚感があって、半年間、無職でいた頃だ、、なぜか、フランス語にこだわり、しばらく日仏学院に行っていて、そこで知った人たちだった。碓氷峠に近い横山さんの別荘に行ったのだ。佐久間さんは横山さんの母親と友人関係ではなかったかな、、とりとめない話になりそうだ。

4-2.フランス語をやろうた思った動機は、大学の第二外国語で仏語2単位を落としてしまい、そのために5年目も通うハメになり、その悔しさが影響していた、のだと思う。が、もうとうに仏語なんて、忘れた。語学の天才、井筒俊彦さんの爪のあかでも飲めていたらなぁ、

5.ただ、その夏、軽井沢のメインストリートの茶店で、6人くらいの仲間たちと、昼間から、よく笑ったものだ。お酒も入ってないのに。なんであんなにおかしかったのか、たしか通りを歩く人たちが笑いの素材になっていたな、、

ともあれ、平さんと佐久間さんの二人のお子さんは、表情が暗かった、そんな印象をもっている。

6.その平岳大さんのマスコミ向けのコメントをそのまま転載しておきたい。三十数年前、あの翳りを抱えていた男の子が、立派な大人になり、こういう言葉を発信する、、長い父子の物語を観るようで、、感慨深いものがある。

この度は、父、平幹二朗の突然の訃報でお騒がせ致しまして誠に申し訳ございません。10月22日より本人と連絡が取れなくなり、翌日自宅を訪ねたところ、浴槽で穏やかに眠っている父を見つけました。

この度の事で番組関係者、舞台制作関係者様に多大なご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます。父が俳優として恵まれた人生を送れたのも、偏に皆様との出会いによるものだと感謝致しております。

子供の頃、長い間、父と会わないで居る時間がありました。私が俳優になってからは、その失われた時間を取り戻すように、先輩として、演技の師として、そして父として濃密な時間を過ごすことができました。

生前、親交を持たせて頂いた方々、ファンの皆様、心より御礼を申し上げます。

尚、葬儀、告別式につきましては、詳細が決まり次第ご報告させていただきますが、私の会見等は行わず、この書面にて代えさせていただきますこと、ご理解ください。何卒宜しくお願い申し上げます。

平成28年10月24日 
平岳大


恬淡として、心ねが表れていて、いい文章だと思う。

名優が去っていく、、緒形拳も、平幹二朗もいってしまった、、仲代達矢は足元がおぼつかなくなってしまったし、現役で立ち居振る舞うことができそうなのは、山崎努だけかもしれない。人間の深淵をみせる名優は、その国の宝にほかならない。1950年代以降の生まれの中に、果たして、彼らのような役者がいるのかなぁ、、

いた、1952年生まれの、イッセー尾形は名優だ。お笑いの要素が入っているが、名優だ、と思う。

Comment

しぶとく生きる
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Bokusukeさんへ

コメント、ありがとうございます。
大病と長患い、おまけに乾癬まで、
どうにか退治したようですので、

おっしゃるとおり、です。
しぶとく生きようと思います。

よく、お見通しです。

たしかに、場合によっては
自死も、、ありか、
と思ったときもありましたから、、

でも、今生は、まだまだ、
ジタバタして、、みます。

ありがとうございました、ら

2016年10月25日(Tue) 19:23
同感です。
編集
ひでほさんへ

コメントくださり、
ありがとうございます。

たしかに、その最期は
ピンピンコロリの理想型かもしれませんね。

品川のときの、ひでほさんの話、
その被災の連鎖は、
感慨深いものがありました。

正直に申し上げて、
魔の出来(しゅったい)は
あるんだな、と感じました。

また、お会いしましょう。
2016年10月25日(Tue) 14:51
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2016年10月24日(Mon) 21:49
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お風呂で死亡、ピンピンコロリ?小生もそういきたいなんて思いました。
2016年10月24日(Mon) 21:29












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