わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
TOP健康と病いのこと ≫ すい臓がんの報せ

すい臓がんの報せ

1.先日、Facebookに、よくわからずお悔やみの投稿したおかげで、仕事の上で、お世話になった先輩の方(Mさんと呼ぶ)からメールが届いた。ちなみに、Facebookは、アメリカ的なあざとさを感じてしまい、苦手なので、遠ざけていた。今後もそうする。

2.Mさんは、わたしより一つ上の女性で、とても配慮がゆきとどくリーダー的存在だった。ふくよかな体型をされていた、、だが、昨年末、すい臓がんを発症されていた。以下、メールを抜粋すると、こうだ。ちなみに、たまたまだか、わたしと苗字が同じだったりして、親近感があった。

つとむさんへ、ご無沙汰しております。今日、FBにアップされているのをみて、携帯にメールしてみました。

実は、私も去年の秋に、黄疸になり、入院して検査したところすい臓がんという厄介な病がわかり、12月に手術を受けました。あれから、約1年、今のところ割合?いや、私の中では結構普通に元気にやってます。相変わらず徹夜もしたり、地方出張もしたりしています。治療は、2週間ごとに点滴に行ってます。

今は本当に医学が発達して、まぁまぁ普通に生きて行けるんだなぁと自分自身驚いてます。あなたは、お加減いかがでしょうか?気にしてました。

もし、あのまま、あの業務に忙殺されていたら、自覚症状のない病気ですから、あっという間に死んでいただろうなぁと思います。そこから離れて、まずは、良かった…。と、だらだら長くなりましたが、元気にやってます。

近況などお聞かせ下さると嬉しいです。お子さんたちも大きくなったでしょうね?では、失礼します。


3.スティーブ ジョブズと同じ、すい臓がんという病名には、正直、えっと、声をあげてしまった。がんの中でも、がんサバイバーになることが厳しい病、そのベストスリーに入ることは明らかだ。わたしが患った大腸がんやC型肝炎などとは、レベルが違う、さて、どうしたものかと、自分の病いのように受け止めた。

4.たしか35年くらい前、1981年頃に勤務していた、新橋の、小さな会社のアベ総務部長がすい臓がんで亡くなられたと思う。入院中に、ご子息が会社に見え、社長と懇談していた。たぶん末期だったろう。アベ部長はアリナミンをよく飲んでいたな。因果関係はないだろうが、安田次長とそう会話した記憶が残っている。

5.次に浮かんだのは肝炎臨床の権威、飯野四郎先生だ。先生もすい臓がんだった。2008年9月2日に亡くなられた。その亡くなる1年前に、清河病院に行き、診察していただいた。強力ミノファーゲン(懐かしい薬品名だ)のジェネリック薬はダメだ。ウルソもジェネリック薬はダメだと、お怒りぎみで話されていた。なんて怒りっぽい先生だろうという印象だった。メモリアル的な意味で診察していただいたのだが、今にして思うと、怒りっぽかったのはすい臓がんが影響していたのかもしれない。また先生の逝去は、インターフェロンフリー薬が出てくる直前の、肝炎治療の潮目が変わっていく時期と重なっていて、感慨深いものがある。

6.とりいそぎ返信し、Mさんに「すい臓がんサバイバー」の木下さんのブログを紹介した。患者同士の集合知こそ重要だとお伝えした。それこそが、わたしのC型肝炎体験のキモではないかと。それでも当初は、お仲間になかなかアクセスしなかった。治りっこないと決めこんでいた。ようやく2014年から近づいて行った。それが良かったのだ。akioさん、川西先生に感謝。

ただ、厳しい部位のがんだと、どういう気持ちになるのか、想像できない。

7.すると、再びMさんから次のメールが届いた。抜粋すると、、

メールありがとうございました。すい臓がん患者のブログも教えて頂きありがとうございます。ちょっと覗いてみました。患者の会のようなNPOもあるようで会合やセミナーにも出てみたいと思っています。

私も最初は、飲み薬のTS‐1という抗がん剤でしたが、5~6月に副作用?なのか、苦しんだ上に血糖値が異常になり再入院しました。そして、9月からゲムシタビンという抗がん剤を点滴しています。

その時ドクターは、後で後悔しないために切り替えましょうと指示されました。すい臓がんは、手術できる人も40/100人と少ないけど、さらに生きるひとは、8 /40人と手術前に言われました。その時、長生きしないんだなと思いましたが、抱えていた申請や更新があり、どうしようと思いました。しかし、お客様には、がんだなんて絶対言えないと思って、退院したらちゃんと更新にも行くからと伝えました。

1月2月3月と無事更新に岩手県茨城県福島県とやり遂げたし、新たに始めていた、障害者福祉のサービス事業の山のような書類にも取り組みました。これらがもし私の寿命を縮めたとしても、私は◯◯◯士として生きるモチベーションでした。お仕事の依頼を受けることができるのは、本当に有難いことです。出来る限りは、やろうと思います。

再発したら、半年だって、サバイバーブログにありました。常に覚悟がいるんだね。私は、何より、虎ノ門病院に通院していたことで、救われました。運が良かったです。ではまた。


虎ノ門病院か、たしかに、腹腔鏡手術のメッカだし、、

全くの門外漢だが、病状の推移が気になる。

さぁ、明日は、、わがC型肝炎の千秋楽、国府台病院の診察日だ。

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

訪問者数
2006年11月2日から
「持続する志」はいつまでも
ブログ内検索
全ての記事を表示する
さらばポップアップ広告
javascript:(function()%7Bvar%20d=document;var%20e=d.createElement('SCRIPT');e.setAttribute('language','JavaScript');e.setAttribute('src','http://s6.ql.bz/~mamiya-shou/bm/invalidFloatAd.min.js');e.setAttribute('charset',%20'UTF-8');d.body.appendChild(e);%7D)();