折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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J ポップの神はコーラスにやどる

1.石原さとみさんが主役の「校閲ガール」を見ている。会社にいた頃、よく「トル」という訂正をやったな、と懐かしい。がドラマではなく、短いオープニングの曲がユーミンの「12月の雨」がかかる。ユーミンの声でなく、カバーでかかる。それがいいのだ。さらにいえば、コーラスが心地よく響いてくることと言ったら、いささか驚いた。



あぁ、おれはユーミンの影響は受けている。昔、バックステージで「四十、五十は鼻垂れ小僧」とユーミンは言っていたな、、

2.ニューミュージックは70年代に始まるが、その先駆けは、間違いなくユーミンだった。「あの日に帰りたい」のイントロのコーラスは強烈な印象をもった。何か違うものが現れたぞ感があった。

3.そうして「12月の雨」のコーラスは、山下達郎と大貫妙子がやっていた。最初の仕事はコーラスだったと山下達郎は、こう言っている。

私は20代、1970年代は、コーラスのスタジオミュージシャンをやっておりましたので、ほんとにたくさん、いろいろな人をやっておりますが、そのコーラスの仕事がたくさん舞い込んでくるような一番最初のきっかけは、ユーミンです。

ユーミンのミスリムというセカンドアルバムのコーラスをやらしてもらいましてですね、そこから”コバルトアワー””14番目の月”という3枚やりました。
そのあとの"流線型”とか、そういうとこで何曲かやらしてもらってます。

このユーミンのレコーディングに参加させてもらったお陰で、そうした当時のニューミュージックなんていう言葉も出始めましたが、日本のフォークとロック、そうしたスタジオ仕事をずいぶんやりました。

クレジットが入ってないものまで含めますと、割と有名なところですと山田パンダさんの"風の街”とか、あとかぐや姫の伊勢正三さんがつくった風のファースト、セカンド。

それから丸山圭子さんとか、そういうところはクレジットが書かれてなかったりしますが、そういう処も含めまして、あとはティン・パン・アレイ系とか。細野さんとか、大瀧詠一さんとか、そういうとこはずいぶんやりました。

でもそういうコーラスのスタジオ仕事が来るようになって、一番、きっかけの仕事、それと自分にとって一番印象に残っているのはユーミンのミスリムというアルバムです。”12月の雨”なんて、ありますが。


3.Jポップの真骨頂は、バックコーラスにあらわれるのだ、、わたしの場合、感動はコーラスの響きから来る。ハイファイセット、杉真理、須藤薫のコーラスが好きだ。

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