折れない心=レジリエンス日記「これからが今までを決める」1991年から25年にわたるC型肝炎と乾癬の闘病を、そして2010年の直腸がんをと、その三病を完治させた楽観主義者の自立ノート

身体「毎日1兆が生滅する60兆の細胞」の司令塔こそ、究極の主治医と見なして、アッパレ!100歳をめざし三病息災・健康長寿をもくろむ、具体の内部生命論です★
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今は底にいる。

1.今月20日に国府台病院に行く。前回7月の、ハーボニー終了後24週のHCVの検査結果を知ることが、一番の関心事だ。12週目でSVR12になったことで、村田先生に祝福の握手をしていただいたが、、25年にわたる肝臓病の重さ、引きずるような心持ちから、SVR24でないと、納得できないものが、どうしても、、あるのだ。

2.このところ、振り返って、茫然としてしまうことが、たびたびある。つくづく思うのだ、25年間は、実に、長かった、、と。

季節変動に呼応し周期的にやってくる全身倦怠感、会社の中でのやり甲斐の揺らぎ、年々、バツ評価が上書きされていった。

とりわけ、人事権を握るフジバヤシ氏との戦いは熾烈だった。大勢の前で罵倒されたこともある。同氏の不正を糾弾したからだ。互助会の金を怪しい運用に回し、8百万円という大きな損失を生む可能性がある仕事を課され、事務局として、その尻拭いをすることになった。確認作業で、彼は怒り出した。わたしは驚き、沈黙した。わたしはヒラだったが、従順でなかったので、さぞかし、疎ましかったのだろう。運用方法をどうにか損失を数万円に決着させた。妙な嫉妬も感じた。

だが、ささやかなショーシャンクの世界がおとずれた。同氏が出向元に戻されたのだ。その翌朝、それを差配する豊田社長と、会社のトイレの鏡の前、互いに万感の笑みだった。釣りバカ日誌のような関係で、「今日は、空がすみわたって、いい天気ですね」とわたしはごあいさつをした。全て分かっていただいていた。まことに、奢れるもの久からずだ。その朝のことは一生、忘れない。社長に深く感謝。もう記憶のなかだけだが、、豊田さんは達者にされておられるだろうか。その会社のことは、人もふくめ、音信はないから、わからないでいる。

その、映画「ショーシャンクの空に」で、仮釈放を何回も却下された男(モーガン フリーマン)が老境になって赦され、出所するが、シャバに馴染めず、虚無感にとらわれるシーンがあった。とりわけ、先に仮出所した仲間が、部屋で首をつっているのを知ったときの、どん底の感じが、記憶に残る。

3.わたしの場合は、そのモーガン フリーマンの虚無感と重なるものがある、と感じている。。たしかに、SVRは目出度いが、失われた25年間は、いったい何だったのだろうと。ハーボニーは、病歴を短く、サッと治ることを可能にしたが、一方で、こうした機会損失のような、喪失感があるのは、わたしだけだろうか、贅沢な憤りなのか、、

4,ペットロスのような、、HCVロスがあるのか、病気快癒なのに、、いま、わたしは、どん底にいる感じだ。家内は、わたしの病歴など眼中になく、痛烈に、理詰めで攻め立ててくるし、、

5.別件、実家が全焼になった人の話、、不思議なこと、つぎの揮毫だけが、焼けずに残っていたと言われた。

この一年
太陽浴びつつ
朗らかに
巌窟王の
如き舞台を


巌窟王は、たしか出獄後、牢獄で出会った老人の話によって財宝を手にするが、SVRを手にした私に、財宝にあたるものは何か?

健康という宝か、、それ以外にも、何かあるはずだが、、

6.断想02 リマインダーを工夫して、使い込もう。脳の一部にするのだ。

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