わが動的平衡とレジリエンスの思索日記

直腸がん、C型肝炎が完治し、これからが今までを決める、、という身の処し方を綴る
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天才と瞑想と呪文と

先般の井筒俊彦全集記念講演会で尋ねたかったことが、ようやく思い浮かんだ。

1.どうして井筒俊彦は30カ国の言語を短期間にトップレベルまでに身につけることができたのだろうか。中東の言語以外は独学で、しかも原書を読みこむために学習したわけで、会話は二の次。しかも、英語やフランス語は簡単で面白くない。サンスクリット語は興味深い、、等々、ごく自然に、そう言われたのだ。

2.先日、井筒の声を聴いたが、キーの高い明るい声で、倍音?のような、響かせる声ではなかったのは意外だった。上手く言えないか、「哲人の声」には思えなかった。

井筒俊彦の声はこんな感じだ、、

3.私見だが、その天才的な言語修得能力は、井筒の父親によって培われた瞑想法と深い関係があるのではないか?若松英輔さんは、井筒邸を訪ねた際、奥様に2階の部屋を案内され「ここが生前、井筒が瞑想していた部屋だ」と話したという、、そんなエピソードを話された若松英輔さんに尋ねてみたかった。井筒さんに本として残して欲しかったのは、際立った能力を産んだ方法論であり、こころの機微だ。でも、あの三田の会場では浮かばなかった。

4.井筒の主著「神秘哲学」を踏まえ、こういう話が検索できた。上記の方法のヒントはこの本だけだろう。

井筒俊彦「瞑想の核心部分の構造」

私(井筒俊彦)はこの父から彼独特の内観法を教わった。というよりもむしろ無理やりに教え込まれた。

彼の方法というのは、必ず墨痕淋漓たる『心』の一字を書き与え、一定の時間を限って来る日も来る日もそれを凝視させ、やがて機熟すと見るやその紙片を破棄し、「紙上に書かれた文字ではなく汝の心中に書かれた文字を視よ、二十四時の間一瞬も休みなくそれを凝視して念慮の散乱を一点に集定せよ」と命じ、さらに時を経て、「汝の心中に書かれた文字をもてあますところなく掃蕩し尽くせ。『心』の文字ではなく文字の背後に汝自身の生ける『心』を見よ」と命じ、なお一歩進めると、「汝の心をも見るな、内外一切の錯乱を去ってひたすら無・心に帰没せよ。無に入って無をも見るな」といった具合であった。

 しかしながら私(井筒俊彦)は同時に、かかる内観の道上の進歩は直ちに日常的生活の分野に内的自由の撥露すべきものであって、修道の途次にある間はもとより、たとい道の道奥を窮めた後といえどもこれに知的詮索を加えることは恐るべき邪解であると教えられた。

《もっとも彼(井筒俊彦)は、その後に父から学んだ修養法からの脱却を図ってもいる。》

西欧の神秘家達は私にこれ(父親の説く徹底的に思索を否定する修道)と全く反対の事実を教えた。そして、特にギリシアの哲人達が、彼らの哲学の底に、彼らの哲学的思惟の根源として、まさしくvita comtemplativaの脱自的体験を予想していることを知ったとき、私の驚きと感激はいかばかりであったろう。私は、こうして私のギリシアを発見した。

《ここまでが井筒俊彦のコトバ、以下は被検索者の言葉だと私は思うが》

井筒俊彦にとっては父から学んだこの修養法は克服すべきものだったのかもしれないが、
それはそれとして、この修養法が彼の脳の力を飛躍的に高めた可能性は否定出来ない。

同じく日本史上の最高の天才といわれる空海もまた、「虚空蔵菩薩求聞持法」と呼ばれる独自の方法で能力開発を行なったことで知られている。

「虚空蔵菩薩求聞持法」とは、虚空像菩薩の真言(ノウボウアキャシャキャラバヤ・オンアリキャマリボリソワカ)を1,000,000遍唱えれば一切の経典の意味が心の中にはいり、その智恵を得ることができるというもの。ちなみにその間に異性のことを考えてもいけないし、食事にも細かな制限がある。

どちらにしても、ある一点に集中するという訓練を一定期間、必死になって行うことで、記憶力が飛躍的にたかまることを示唆している。もっとも、この方法は大変苦しいもので、一説によれば死亡率が5割にもなるという。ほとんどが狂死してしまうらしい。


以上だ。
つまり、井筒俊彦は、父親の瞑想の方法を、なんだかんだ、晩年まで続けていたことになる。懐かしの「巨人の星」のような話だ。普通の人間には、そうそうマネできそうな芸当ではない。真言宗の開祖空海と井筒さんくらいの、限られた人にしかできないのではないか?ちなみに私は、空海を日本史上の最高の天才とは思わない。ほかにおられる。

5.井筒さんは瞑想だけで、呪文は唱えなかったようだが、その瞑想を通じて、脳が変容していったのでは?

6.スティーブ ジョブズは、禅に傾倒していたが、さらに晩年は念仏のような呪文、マントラを唱えていたと武田鉄矢さんが「今朝の三枚おろし」で話していた。その呪文はなんだったのだろう。

7.そこで、、念仏にせよ、題目にせよ、なぜ日本の二大仏教は短い言葉をくりかえし唱えることを修行の方法としたのか?という素朴な疑問を、実は、わたしはずっと抱いていた。チベットはマニ車を回し、日本は何かを唱え続ける。瞑想か唱えるか、、あとは比叡山の回峯行とかの荒行があるが、そんな行は、もとより庶民には出来っこないし、女性はなおさらだ。

8.柳宗悦著「南無阿弥陀仏」(岩波文庫)の「念仏」の章だけ、読んだ。そのあとは気分が悪くなり、図書館に返した。まれにある身体感覚だ。10年くらい前に、練馬駅北口近くの浄土真宗の寺で、養老孟司さんの話をきいたが、その前にプロフィールを話された寺の関係者を見たとき、真っ黒な相で、相当、念仏修行された感じがして、ガクッと気分が悪くなった、、そのことを今、思い出した。

9.ちなみに晩年の親鸞の木像の写真を見たが、左右の目がアンバランスで脳に障害があったのではないか?
親鸞は90歳まで生きたが、その死は、阿鼻叫喚の形相だったという。親鸞の奥さんはその様があまりにひどいので、周囲のものには見せなかったという文献が残っている。四箇の格言の、念仏無限と断じた日蓮の言葉とおりだった。

10.さらに、、日蓮の遺文集、いわゆる御書は1619頁あるが、不思議なことに、親鸞の名前は一つも出てこない、、全くの私見だが、親鸞は比叡山の天台宗の、天台沙門になっておらず、途中で下野、還俗、妻帯したので、「卒業名簿」にはなかったからではないかと、、わたしはそう思っている。

11.戻る。井筒俊彦に対する関心は、わたしのような凡人にも、何がしか非凡へのチャンスがあるのではないかという角度から、にある。だれでも、そうなるようでなければ、ホンモノの思想ではないからだ。

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